02




俺は、何でも無いなどと言ったくせに視線を外せなかった。
質素な着物を身に纏い、髪は下ろされ、斑なくそれでいて素肌と変わらないくらいの薄さでのせられた白粉、そこにうっすら挿された深紅の紅と桃色の頬紅。
それはまるで、ほんのり紅潮しているような姿で俺の自尊心をたまらなく満たした。

(おい、それはおかしいだろ!俺!)

胸中で毒吐く。けれどそれに意味など無くて。
俺の様子を窺うように見上げられたこいつの瞳に、吸い込まれる様にして腕を伸ばした。
ぎゅっと胸に抱く。
「えっ?あの、食満せ『留三郎、だろ?』
いつもの呼び名をしようとした言葉をぴしゃりと遮る。
「学園に戻るまでは授業の一環だ。名前で、呼べよ。」
耳に唇を寄せて、低く囁く。

「…留、三郎さ…ま?」
戸惑う様な返事が返った。
「ははっ、あんまりしおらしいんでつい。悪かった。」
そう言って一つ頭を撫でると「また貴方様は…私がどのような姿でもこれだけはお変わりなさいませんのね。」と、照れたように苦笑を零した。

「もうすぐ止みそうだな。学園に戻ったら次降る前に、小平太が壊した長屋の軒を直さなくちゃだな。」
後半は恨みがましく呟くと
「お振るいあそばせませ。微力ながら私もお手伝いさせて頂きたく存じます。」
今見えている流麗な言葉と微笑みとは別の、委員会が違うのに手伝ってくれるいつものこいつの顔が脳裏を過る。

「おう、いつも悪いな。助かる。」
ぐしゃぐしゃと撫でたい衝動を抑えて、代わりにその身体を再び抱きすくめる。

重なる心音が、心地良かった。



全部伝わってしまえばいい

(―――どんなお前も、どうしようもなく)





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