02




「…七松先輩、先程の俺の話し、聞いておられましたか?」
ゆらりと七松を見上げる近江の笑顔に影が落ちる。
流石の七松も顔が引き攣った。
「す、すまん!だから怒らないでくれ!」
次は気を付けるよう努める。と、何度言っても出来ない約束を再びする。
「くれぐれも、怪我の無きようお願いしますね。」
「解った!!」
だから許してくれ!と近江に抱きつく七松の姿は、どちらが上級生なのかと思わせるほどに力関係が逆転したものになっていた。

その姿に近江は思わず笑みを零す。
胸中でくすくすと笑い出した身体が、小刻みに揺れた。
「ん?どうした?」
七松は腕の力を緩める。
(鴻の笑った顔が、見たい)
そう思うままに七松はその身体を抱き上げた。

「わっ、」
ふわりと宙に浮く感覚に、思わず驚きの声が上がる。
「鴻、お前は軽いな〜!」
向日葵のような屈託のない笑顔を七松が向ける。
「ちょっ、それよりも下ろして下さい!」
笑顔は途端に引っ込み、戸惑ったような表情の近江が逃れようと抗う。
それとは逆に、今度は「ははははっ!」と快活に笑う七松の声が響いた。



それすら愛しい、深手の心

(―――お前の笑った顔も、困った顔も、怒った顔も。私は全部好きだな!)





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