03



「大した事はありません。」
ふいっと顔を背け、地上へと降り立つ。
ストンと音も無く、ほんの少し足元の草が揺れるだけの着地姿勢。
どれ程疲労困憊している様子でも、見事なまでの身のこなしと気配の消失。
なのに何故雑渡に見つかったのかというのは、単に雑渡の力量が近江を遥かに超えているというだけの話である。

「おや?帰るのかい?」
スタスタと先を行く近江の背に言葉を投げる。
「…えぇ、俺も様子を見に来ただけなので。」
すぅっと目を細めて振り返る近江の表情は冷たかった。

ぞくぞくぞくっ、と雑渡の背筋に快楽が走る。
(好いねぇ、本当に好いよ、君のその顔。たまらない。)
でもねぇ。

追って地面に着地をすれば、近江が雑渡をじっと見据えた。
その様子なぞお構いなしに雑渡が歩み寄る。

「鴻君、君は本当にソレを望んでいるの?」

ぐいっと近江の顎を抓み、目線をしっかりと合わせる。
一瞬揺らいだ瞳。
その揺らぎを取り払うように、一度瞬く。

「貴方には、関係の無い事です。」
きっぱりと跳ね除け、その手を解く。
「関係あるんだなぁ。君に何かあると、伊作君が悲しむからねぇ。」
と、雑渡はふふっと笑った。
「…気をつけます。」
それだけ呟くと、サァ―――ッと風に揺らぐ木々に紛れて、近江も闇夜の森へと溶けて行った。



行動も気持ちも、裏の策略があったとしても

(―――可愛いねぇ。)





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