03




編入当初の鴻は唇を固く引き結んで緊張していた。話し掛けても何をしても対処が分からないとでも言うように固まりやすかった。
避けられたり嫌がられたりは無かったけど、なかなか信用して心砕いてくれるまでに時間を要した。それまではどこか表面だけを取り繕い、本音を見せてくれる事が無かった程だ。
それが今では解り合える程の仲になり、相手の行動も予想の範疇に入れられるようになった。それがたまらなく嬉しかった。

まぁ、忍びとしては行動を知られるなんて駄目なんだけどな。でもこの程度で“読まれた”“読んだ”だなんて浅はかな事を思うほど俺らも未熟じゃない。仮にも上級生だ。
こっからが腕の見せ所。意外性を衝きながらいろんな戦術を使って探り合う。

「そうだ八、援護する事はあっても助けになんか来るなよ?」
不意に鴻の瞳に捕らえられる。
「はっ?」
言われた言葉を瞬時に理解出来ずに素っ頓狂な声を上げた。

「“はっ?”じゃなくて。お前の事だから仲間に何かあったら絶対助けに来るだろ?でも駄目。そこにかまけて正しい判断が出来なくなるのは命取りになる。お前はその密書を死守する事だけ考えてくれ。」
鴻は俺を諭すようにゆっくりと続ける。
「これが忍務だったら?何を優先すべきか判るだろ?共倒れになんかなってられないんだ。」
「共倒れになるとかは分からないだろ!?ちゃんと助けられて二人とも無事かもしれないじゃないか!」
むきになって反論すると、鴻の瞳が少し陰った。
「だったら共倒れにならないとも限らないって事じゃないか。推測の段階でも最高で五分五分なんだ。…希望だけではどうにもならないんだよ。」
鴻の眉間に悲しい皺が刻まれる。

「今回の実技演習は今までとは違う。仲間を重んじるよりも、何がなんでも忍務を遂行する事だけを優先しなくてはならない。」
一瞬目を伏せる鴻。
「…仲間を失うと思う恐怖は隙に繋がる。ともすれば己やその仲間の命だけでなく、その密書に関わる人間たちの命をも失うかもしれないという事だ。…解るよな?八。」
俺はギリッ、と奥歯を噛み締める。
解る、解ってる。頭では解ってるんだ。
だけど、多くの命を救う代わりに仲間を見殺しにするってのは、やっぱりどうしても頷けない。



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