03




「少しは緊張が解けたようだな。」
口調が幾分“初対面に対する優しい先輩”から“普段の近江先輩”に変わったように感じた。
その変化に愛しさが込み上げる。何だか近江先輩の身近な人間になれたような気がして、嬉しくて心が跳ねた。

「夜着を持ってきたのか。着替える?」
一応就寝とは言え、忍たまの長屋に赴くとなれば夜着でふらふら行って良いものか悩んだ。
結果夜着を風呂敷で包み、くノたまの装束で訪ねる事に決めて今に至る。
「は…はい!」
せっかく解けてきた緊張が、夜着という単語と着替えるという行為に、この後の事を想像して再び緊張が走った。
「まぁまぁ、そんなに強張らないでくれ。衝立の向こうで着替えるといいよ。俺はこっち側でこのまま背を向けているからね。」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれた、それ故に少し縮まった距離に息が詰まりそうになる。あぁ、なんでこんなにも一挙一動に心を奪われるのだろう。関わりなんて全然無かったのに…憧れて眺めるだけが精一杯だったのに。どうしてこんなにも好きだと想うのだろう。大好き過ぎて泣きそう。今すぐにでも抱きついてしまいたい。
そんな感情の箍を外させるような魅力が近江先輩にはあった。

「では、着替えさせて頂きます。」
風呂敷を掴み近江先輩の横をすり抜けて、衝立の奥へと進む。そこに現れたのは一式の布団。ぐらり、と眩暈を覚えそうになった。
(あぁぁぁぁ今からここで!近江先輩と!どうしよう…手が震えて着替えられないかも。)
緊張のあまりもたもたしていると、ふいに先輩が「そう言えばね、今日の座学の授業でさ〜」と他愛のない話を始めてくれた。
こんなことがあったんだよ、あそこの饅頭は絶品だからお勧めだよ。と、途中に私も加わりつつ会話に花が咲いた。
そんなこんなで緊張も和らぎ、着替えも終えた私は元の場所へと戻る。
「ふふっ、お待たせ致しました。それにしても本当に仲が宜しいのですね、先輩方五年生は。」
そう抑えられない笑みをそのままに近江先輩を見ると、一等優しい眼差しで「うん。」と肯定した。なんて羨ましいのだろう。こんなにも近江先輩に想われる先輩方が羨ましい。そして今この瞬間、誇らしげに微笑む近江先輩を見られた事に愛しさが一層増した。

「さぁ、あいつ等の話はここまで。今からは、俺と君との話しをしよう?」
元居た座布団に座り直そうと半端に屈んでいた私の腕を、近江先輩がグッと引く。
完璧に均衡を失い、そのまま近江先輩の胸中へと倒れ込んだ。



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