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「失礼致します。胡蝶蘭様、お召し物の準備が相整いました。」
そこへ、襖越しに見習い遊女の声が掛かる。
「今行く。」
爪の手入れが終わった胡蝶蘭がゆるりと立ち上がる。
近江は手を貸し助け、胡蝶蘭の瞳を見詰めた。
「それでは今宵この鴻、胡蝶蘭様の元に馳せ参じます。何卒ご指南の程承りたく存じます。」
そう伝えると胡蝶蘭はほんのり目元を赤らめ、ゆっくりと頷いた。

別室へ向かう胡蝶蘭を恭しく見送ると、落とさないように切った爪が乗った古紙を畳む。
「…ふぅ。」
と近江の口から小さな溜息が洩れる。

本来の男ならば狂喜乱舞して受け入れる誘いだ。胡蝶蘭はこの遊里界隈では絶大な人気があり、馴染みになる為に大枚を叩くのも厭わないと豪語する大旦那も居る程である。
しかしそれを鼻にかけることもなく、懐の広さを垣間見せる微笑みに、下の遊女達からの信頼も厚かった。

(姐さんには別段良くしてもらっていて感謝している。だから姐さんの意思に応えたいとは思っているのだけれど…。)
近江は桶を持ち、湯を捨てる為に庭先へと出た。

「―――ッ! うっ、ぐっ。げほっげほげほ!」
突如襲った吐き気に、草むらの陰に膝を着く。
(…ちゃんと出来んのかな、俺。)



緩やかにいま堕ちてゆく

(―――こうして俺は、女を知った。)







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