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胡蝶蘭様とは、ここでの頂点、最上級遊女の名である。
彼女の言う事は店主でさえ従わせる程の力を持っていた。

「お戯れを。私のような童が閨を共にするなど、分を弁えないにも程がおありでしょう?」
にこり、と近江が答える。
「あら、技巧を研く練習相手になってもらおうと思ってるのに〜」そう言いながら、桜が近江の太股をつぅーと撫ぜる。
「私では役者不足にございます。姐さん方のような華は、それに見合った殿方に愛でられるべきでございましょう?私如きが手折ってはならないのですよ。」
そう近江が続ければ「うふふ、かわされたところで、その殿方の為に支度を整えて来なければね〜」「そうねぇ。それじゃぁね、鴻。」と、くすくすと最後までじゃれるように近江に抱擁をし、桜と梅は店先へと消えて行った。
近江はその姿を丁寧に見送った後、本来の目的の場所へと向かう。

ああやってたまに、遊び感覚のじゃれあいに乗せて誘われる事がある。俺が靡かない事と母のお陰でお遊びで止まっていてくれる事が幸いだった。
俺はなかなかどうして、そういう気にはならない傾向にあった。
それは仕事柄、場合により藤掛の床の準備をする事もある為か、俺自身の欲がそこから遠退くようだった。
勿論嫌悪があるわけではない。
寧ろ肢体を暴いてまで俺を育ててくれる母にはとても感謝している。
しかし、身体がついてくるかは別問題だった。



「―――という事があったのですよ。」
つい先刻までのやり取りを話すと、胡蝶蘭はくすりと上品な笑みを浮かべた。

ここは最奥の胡蝶蘭の部屋の中。
近江は湯の張った桶の中で胡蝶蘭の足を丁寧に洗い、また、爪が柔らかくなったのを確認すると、恭しくその滴を拭った。



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