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緩やかにいま堕ちてゆく

廓に来てからの俺は、勤勉に働いた。
店主や姐さんたちは優しかったし、沢山の事を俺に教えてくれた。
その傍ら鍛錬も忘れなかった。もしもの時に母を守れるように。そして…



時刻は仕事の準備が始まる昼八つ半頃。湯の張った桶を手に、近江は遊女たちに捕まっていた。
「鴻ってば、また一寸背が伸びたんじゃない?」
くすくすと香の匂いを纏った遊女が近江にぴたりと添うように立つ。
「ふふっ、そんなにすぐには伸びませんよ。」
近江が口元に綺麗な弧を描いて微笑む。
「でも、どんどん美しくなってきてるわよね〜嫉妬しちゃう。」
側に居たもう一人の遊女も近江の頬に手を伸ばしてうっとりと言う。

この頃近江は十を迎えていた。成長と共にすんなりと伸びた手足、変わらずの色白の玉の肌と涼しげな目元、そして早熟にて微かに香り始めた色気。
故に遊女からの誘いも多くなり、やんわりとかわしつつ日々を送っていた。

「ねぇ、たまにはうちの部屋に遊びに来てよぉ。」
と、上目使いで最初の遊女が強請る。
「まぁ、桜ったら。鴻と同衾したなんて藤掛姐様に知れたらお叱りが来るわよ〜?」
悪戯っぽく近江の頬に伸ばしていた手を、するりと撫で上げる。

藤掛と言うのは近江の母の事だ。廓内での呼び名である。
近江の母はこの廓内では上級遊女と呼ばれるに地位に入り、その人数は片手に満たない。

「あら〜、梅だってそう思うでしょう?」
「そりゃぁね〜。でも、藤掛姐様のお許しが出るのは胡蝶蘭様くらいでしょ〜?」
くすくすと楽しそうに囁き合う。

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