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鴻は・・・忍務に対して恐怖を抱いている様子を見せた事はない。
それは恐怖を感じる程のものではない、易しい内容というわけでも無情という事でもなく、無心、になるのだ。
情を挟んでは保っていられなくなるということなのか、まだ五年になってからそう経ってない私達には、死に至らしめるまでの実践授業に赴いたことは無い。

四年生から徐々に合戦に赴く実習が組み込まれてくるが、最初は遠くからの見学から始まり、少しずつ戦場に近付き必要な情報を見て得てくるとか、隙を突いて奪ってくるなどがせいぜいで、自ら命を手に掛けたりしない。
しかし、運悪く追っ手に難航して命を奪ってしまったり奪われたり、助けを乞う敵兵から逃れた為に、その者の最期を目の当たりにしてしまう奴も中にはいた。
それはやはり尋常な事ではなく、嘔吐や不眠・食欲不振に精神不安など引き起こしている様子を見ると、生半可な事ではないのだと実感した。

六年の先輩たちは勿論そういう状況下に置かれるような合戦授業は経験済みで、長期に渡る実習から帰ってきた様子を見ると、何とも言い難い気持ちになる。
中にはやはり平常を保てず崩れる者や学園を去るもの、数日近付くこともままならない程の殺気を纏っている人もいるくらいだ。
そういう意味では、鴻はすでにそこを超越してしまっている。

だからこそ不安で私達は此処に居るんだと、お前も此処に居るんだと解かって欲しくてぎゅうぎゅうに抱きしめる。
ゆるゆるとそれを認識して『ただいま』を返してくれる声にやっと私達は安心する。

「なぁ。もういい加減私を構ってくれ。」
なんて子ども染みた言い草かとも思ったが、これ以上鴻の意識を戦場に持っていかれるのは癪だった。
「ははっ、皆が居ないと甘えただな、三郎は。」
鴻はパタリと本を閉じ、くるりと身体を此方に向ける。
それを合図に、私も身体を起こし文机の方まで膝歩きで擦り進む。
「皆に知られるのは癪だからな。私は弱味は見られたくない。」
そう言って除け両手を文机の淵に置く。
状況としては、文机を背にして胡坐をかく鴻を、その正面から膝立ちで閉じ込めている私。ほんの少し目下に居る囲われた鴻。なかなかに官能的ではないか。
加虐心が少し芽生え、その頬に自らの頬を摺り寄せた。



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