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きみは変わらない笑顔で

ごろりと寝返りを打つ。
ここは鴻の自室である長屋の一角。こいつは人数の関係上一人部屋を宛がわれている為、私達五年の良いたまり場となっていた。
今は委員会の無い私、鉢屋三郎と部屋の住人である鴻だけだった。

鴻は文机に書物を広げ読書に専念していた。その背中を、私はごろりと畳に寝そべりながら眺めていた。
「鴻、その書物は面白いか?」
気を引きたくて、さほど本の内容に興味は無いのだが問うてみる。
「面白いよ。兵法書なんだけど・・・まぁ、俺は名称をなかなか覚えられないから、試験にはきっと役には立てられないんだろうけどな。実技に良いなって思って。」
ははっ、と鴻は笑った。
鴻は実技の成績は上位だ。きっと戦での実践になったら実技の授業とは比べ物にならない程もっと凄い腕前なのだと感じている。
ルールがあったり授業という括りになると、拘束される条件に気が取られるのか上位止まりではあるのだが。
たまにふらりとお遣いで数日姿を眩ます事があるし、その時々で察する雰囲気からしてプロ忍と混ざって仕事を請け負っているのは歴然としていた。
座学となるともっと厄介なようで、書物や実技から得た知識を身体で覚えることは早いのだが、さてそれが何と言う名称の戦法だったか?と問われると弱い。
鴻は言葉という面でより体現して覚えるらしく、座学は中の上止まりだ。
根っからの実践向きな人間なのだろう。いや、それでは語弊があるな。
そうして覚えなくてはいけない環境下だったのだろう。そう思うとたまに恐くなる。
こいつはいつかふらりとお遣いに行ったまま帰ってこなくなってしまうんじゃないかと。
いくら学園長の命でも、例え授業料の為とはいえど、行かせたくないと思ってしまう。
そんな権限は私には無いのだから、せめてもの意志表示として、忍務から帰ってきた鴻を体当たりで私達は迎える。ぎゅうぎゅうに抱きしめて、怪我が無いか確認して、『お帰り』って言葉にして。
鴻はいつも面食らったようにそれらを受け入れて漸く『・・・ただいま』と実感するのだ。

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