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「ははっ、面白い反応だな皆。」
くつくつと喉を鳴らして笑う近江を再び全員が注視する。

「なんか特殊だったんだろうね、廓の世界って。俺はそれが普通だったから何が平均的な事なのか良く分からないんだけど、」
確かに近江の行動はたまに突飛だと感じる事があるのは事実だ。
何がどうはっきり違うとかっていうんじゃなくて、雰囲気だったり些細な行動だったり距離感だったり。様々な所でほんの微かなズレを感じるのは、どうやら気のせいではなかったらしい。とその場に居た全員が納得した。

「遊女ってな、上級になればなるほど簡単には唇を許さないんだと。一番神経が集まっていて味覚にも敏感だし。女性の陰部の模倣とも言われているしな。」
際どいことをサラッと言ってのける。

何を思ったのか一瞬目を伏せたかと思うと、ぽつりと続きを語りだす。
「“仕事柄、肢体を暴かせてやる事は出来るが、心までは暴かせないよ。”という意味が唇の純潔を守る事に含まれているらしい。ともすれば俺達男からすれば、唇に触れる事を許された時には女の一番大事な部分と心をも手に入れられたという事になるんだろうな。」
逆に遊女からすれば、端から守り通す事は難しいと解っていての戯言だとしても、ほんの少しのいじらしさを垣間見せているのだろうと、近江は感慨深いような表情をして付け足した。

「まぁ、俺は女じゃないけどな。それを聞いて口付けという行為を大事にしている姐さんたち見てたら、出来るだけ俺も好いた奴に取っておきたいな〜なんて女々しい事思っちゃってさ。」
そう言いながら照れくさそうに鼻の頭を掻く。

「…なんか、ちょっと羨ましくなる話だね。」
不破が複雑な笑顔を浮かべてふふっ、と笑う。
「うん。なんとなく雷蔵の言いたい事が分かる気がする。…口付けそのものの価値観を知っている事に対しての、何というか、羨望と言うか深さと言うか。」
久々知が首を捻って、言葉に言い表わし難い想いを伝えようと途切れ途切れに言う。
「俺はそんな事考えもつかずに、漠然と閨だからするものなのかな程度の気持ちだったもんな〜。」
竹谷は、はぁ〜と息を吐いて文机に頬杖をつく。



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