02




「…。」
くすくすと笑いながら話す鴻に、暁人は目を丸くする。
「あー…俺そんなに楽しそうにじゃれあってる?」
小平太を犬と表現した後まさか自分も同じと言われるとは。
まさか後輩にそんな風に見られているとは思いもせず、人のこと言えねーじゃん、と暁人は恥ずかしそうに片手で額を覆う。
「…ま、楽しいからしゃーないんだけど、な。」
多分当てはまってる、と暁人は照れたように眉尻を下げて笑った。

「さて。」
突如暁人は、一旦話しに区切りをつけるようにポンと手を叩く。
隣に座る鴻に視線を向けると、ニコリと笑みを浮かべた。
「ちょっと忘れてたけど、お前を呼び止めたのには一つ理由があります。さて何でしょう。」
人差し指をたてて満面の笑み問いかける。
その表情は満面の笑み…といえば聞こえはいいが、なにやら何かたくらんでるようにも取れる笑みだ。
暁人はニコリと笑ったまま、相手の答えを楽しそうに待った。


にこにこと自分を見て答えを待つ姿に、近江は幾度か瞳を瞬かせる。
「理由…ですか。」
ぽつりとそれだけを言うとくるりと周囲を見渡し、そのまま遠野へと視線を戻した。
(単なる話し相手というわけではなかったのか。怪我をなさっている様子でも無いから保健委員としてという事でもなさそうだし…。)
そう、しばし考える仕草をしたものの正直に打ち明ける。
「すみません、思い当たりませんでした。宜しければご回答をお願い致します。」
無意識に近江が背筋を伸ばした。


ぴっと背筋を正す姿をみて、くつくつと暁人は笑いを噛み締める。
相変わらず真面目だなあと内心笑いながら、よし答えを教えてやろうとニヤリと笑みを浮かべた。
「実はなー、ここで昼寝しようと思ったんだけどどうにも足りないものがあって。」
何て話すが同時、隣に座る鴻へと背を向ける。そしてそのまま相手の膝めがけて後ろに倒れこんだ。
お、ちょうどいい高さ。なんていいながら、下から相手の顔を覗き込む。
「答えは、ちょっと俺に膝を貸せ、でした。」
そう答える笑顔は、勝ち誇ったように輝いていた。


にこやかに、満足そうに微笑む先輩。
ふわりと膝に乗る深紅の髪。
その深紅の髪に挿された簪が、まるでシャランと鳴ったかと錯覚をしそうな程優美に揺れた。

近江は一瞬きょとんとしたものの、すぐに慈しむような微笑みを湛える。
「俺の膝で良ければ、いくらでも。」
そう言いながら至極自然な仕草で、自身の膝にある遠野の髪を優しく梳いた。


「ありがとさん、助かる。」
そう手をひらひらと振ると、くぁーと欠伸を一つ。
髪に触れられる感覚に気持ちよさげに目を閉じる。
こんなとこ誰か…誰かというか、鴻のことが大好きで仕方ない面々に見られたら拗ねるだろうなあとぼんやりと考えた。
「三郎や伊作が見たら、俺怒られそうだな。」
お前のこと大好きだしあいつら、と笑うとほぼ同時、意識がふわふわとし始める。
あぁやっぱり、人の暖かさというものはよく寝れるものだと、暁人はふたたび小さく欠伸を漏らした。


「それを言ったら、俺こそ七松先輩に妬かれてしまいますよ。」
くすくすと笑む近江が髪を梳いていた手を、瞳を閉じた遠野の瞼の上にそっと添える。 少しでも眩しくないように、日除けになるようにと。

「どうぞご安心なさってお休み下さい。何かありました直ぐに起こしますから。」
そう近江が、風に溶け込むようにそっと囁いた。


目元を覆う手のひらにありがとうと呟くとほぼ同時、すぅ、と意識が遠のく。
確かに小平太に見られたら煩そうだなあ、そんなことを考えながら暁人は意識を手放したのだった。



たまにはこっちで寝転がってみた

(いつもと違う枕も、たまには良いもんだ。)





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