04




「鴻が、好きだ…。」


一度吐露してしまうと、雪崩のように愛おしさが込み上げた。
それと同時に、恋情を口にする度に言い得ぬ切なさも込み上げた。
「…好き、だ。」
ひくり、と鳴りそうになる喉を抑えて、もう一度だけ呟く。

シン―――と静まり返る室内。
ほんの一瞬の沈黙なのに、眩暈がしそうな程重く長く感じた。
けれど、その沈黙を破ったのは鴻だった。

「三郎。」
びくっと、肩が跳ねた。
普段と変わらない鴻の声音に、どちらの意味なのか判断が出来ずに瞳を泳がせる。
「…三郎。」
もう一度、鴻が優しい声音で私を呼ぶ。

(覚悟を決めるしかない。)
ぎゅっと目を瞑って深呼吸をすると、観念してそろそろと鴻を窺い見た。
視界に入ったのは
幸福そうに、穏やかに微笑む鴻の、顔(かんばせ)。
ひどく美しい、私の一等愛おしい、男の、顔。

息が詰まった。
何故だなんて、私にも解らなかったけれど、ただただ鴻のその表情を見たら、全てを許されたような思いがして涙が込み上げた。

「ありがとう、三郎。とても嬉しいよ。」
目元を綻ばせ、痛まない方の手で私の零れそうになる涙を拭ってくれた。
ふるり、と、それだけで私の肢体は震える。

「悪かった。お前が不安に思っているなんて思いもよらなかった…。」
涙を拭った手をそのまま滑らせ、私の頬を包むようにして触れる。
私は思わず、その手に頬擦りをしたくなる衝動に駆られた。
けれどそうはせず、じっと鴻の次の言葉を待った。

「…あの時のお前の言葉を無かった事にしていたわけじゃないんだ。だけどあの時の俺は、この先があるなんて思っていなかったから…真剣に向き合っていなかった。ごめん。」
最後は本当に心苦しそうに紡いだ。
「あの一件もあったし、きっともう俺の事はそういう意味ではなく、友としての付き合いを続けてくれているのかなって、勝手に思い込んでいた。」
そう頭を垂れて鴻が陳謝した。

あの一件というのは、おそらく鴻が出ていくときに起こった私たちの衝突のことだろう。
鴻が言いたいのは、あのひと騒動から吐露された鴻の中の隠してきた影の部分を知って、私の気持ちが変わったはずだろうと思い込んでいたという事。
そしてそれでも友としての情はあるから、今までと変わらない「友情の距離」に居ようと私が結論付けたのだろうと。


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