03




どうしようもなく、この男が愛おしいと再認識する。

「あっ、いや、違う。もう怒っていない。」
私は慌てて否定した。
そりゃ、二の腕を凝視し、おまけに眉間に皺を寄せて一心不乱に包帯を巻いていれば心配もするのは確かか。
自分の姿を思い描いて、少々バツが悪くなった。
「その、こうやって二人で向き合うのは久し振りだったから…少し戸惑っただけだ。」
恥を忍んで正直に打ち明けると、鴻はきょとんとした顔をした。
その表情に少しだけ胸が痛む。
「…まっ、この感情に翻弄されているのは私だけって事なのか。」
思わず自嘲的な溜息が漏れた。

「鴻、前に借りた面を返しに来たんだ。」
きゅっと包帯を留め、腕を夜着に仕舞い整えている鴻の前に、初忍務の帰りに借りた狐の面を差し出した。
「あぁ、あの時の…。」
鴻が少し目を細めて面を見つめた。
「それとな、今日はお前に訊きたい事がある。」
私は正座に直し、一つ大きく深呼吸をする。
緊張を取り払うように、深く深く。

「あの夜私が言った“好きだ”って言葉は本心だ。人としてだけではなく、恋慕としてお前を好いている。」
バクバクと拍動が増し、堪え切れずに俯いてしまった。
それでも震えそうになる身体を叱咤して、グッと膝の上で結んだ拳に力を入れた。
「ずっと、ずっと、一時も迷うことなく鴻だけに焦がれてきた…だから、お前が口付けを受け入れてくれた時、死ぬ思いがしたくらい幸福だった。だけど、」
そこまで言って、私は続きを紡げなくなった。
言葉にしてしまったら、もしもそれを肯定されたら…私はこの先立っていられるだろうか。

「…だけど、何だ?」
静かな声音が耳朶に届く。
びくり、と思わず肩を震わせてしまった。

「だけど…お前の優しさで甘受してくれていただけだったらって、今更になって恐くなった。」
堪えようと思う気持ちとは裏腹に、僅かに唇が戦慄く。
「お前とした口付けも、触れる手も、慕う言葉も、全部全部そういう意味での、なんだ。叶うならば…私は、鴻からも同じ想いで触れられたい。」

なんて我儘ではしたない願いなのだろう。
それを本人に晒すなんて、つくづく自分は愚かだと思う。
初恋相手を目の前にした生娘のように、ただただ恋焦がれる胸の内を吐露した。


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