02




奥の間に近付く程に激しく争ったのであろう痕跡が窺えた。
壁に背を預けぴくりともしない大男や、微かに息があるのか「うぅっ」と呻く声が届く。
その声のした方へ行けば、そこには
「鴻君。」
まだ息のあるタソガレドキ忍軍と仕えていた城忍の手当てをしている近江鴻の姿が見えた。
血を吸った装束。
浴びた血飛沫と、点々と滴る跡。
自身もそう軽くはない傷を負っているというのに、それには目もくれず、ふらふらになりながら周りの手当てをしていた。
戸惑うような瞳で手当てを受ける我が軍の者。
既に手当てを施された敵城の者。
そこには先程まで争っていた面影は無く、戦忍の任を解いてしまえば、ただ一人の人間である事を実感した。

「鴻君、君、自分の手当てをしなさいよ。」
雑渡が淡々と告げてその腕を引けば、近江はぐにゃり、とその場に膝をついた。
「…ざっ…と、さん。」
ただ気力のみで立っていたようで、近江は血の気の引いた顔で雑渡を見上げた。
「馬鹿だねぇ、君も。」
その姿に、ふぅ、と雑渡は再び溜息を吐いた。
「でも…そう、選んだんだね。」
近江の傍らに横たわる敵城城主を一瞥した。
「…っ、」
何か言おうと微かに唇を動かすものの、限界だったのか、近江がそのまま崩折れた。
「大丈夫、この後は我が軍が責任を持って片付けるからね。」
引き上げるような形になっていた近江の腕から手を離し、その場に横たえさせる。
「生きている者は生かし、亡き者はちゃんと弔うよ。」
まぁ、生きている敵城の人間は捕縛させてもらうけど。と肩を竦めておどけて見せた。
近江は答える代りに、ほんの少しだけ瞼を持ち上げた。

「最後にもう一つ。鴻君、君はどっちを選ぶの?」
そう言って、雑渡は浅く呼吸を繰り返す近江の唇に、自身の耳を近付けた。

「……お、れは…、」
はっ、はっ、という短い呼吸の合間に掠れた声が混ざる。



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