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例えば僕の存在が


鴻が僕を解放して去った後は、ただただ成す術もなく立ち尽くすしかなかった。
誰もその場から動く事が出来ず、まるで時が止まったように茫然とその場に佇んだ。

やっと思考が働き出したのは、どのくらい経った頃だろう。
それでもやはり、誰も何も言う事は無く、いつの間にか散り散りに姿を消していた。
その中で三郎だけは、一寸も動く気配は無かった。
何時までも何時までも鴻の去った先を見詰めていた。

「…三郎、僕たちも部屋に戻ろう?」
もう何刻こうしているのかも判らない、月が高くなった頃、僕はそっと三郎の肩に手を置いた。
ぴくり、と三郎が肩を震わす。
「…また会えるよな?必ず、会えるよな…?」
三郎が小さく、誰にともなく問う、
「帰って、来い。絶対。」
少しも視線を反らす事もなく、何時までも何時までも鴻の去った先を見詰めて呟く三郎に、胸が痛んだ。



何もしてあげられない自分が歯痒い。
大切な彼らに何も出来ない自分が悔しかった。

僕に出来る事は、その背を抱く事だけ…。



「大丈夫、鴻は絶対に帰ってくるよ。」
そう言って、緩く微笑んで抱き締めた僕に、三郎が小さく「…うん」と答えた。



例えば僕の存在が

(―――お前の帰りを、待っているから。)





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