05




「…先輩方、申し訳ありませんが、手出しは無用でお願い致します。俺も、雷蔵に危害を加えたくありません。…大丈夫ですよ、中在家先輩。すぐに解放しますから。」
外の微かに漂う張り詰めた気配。
その中で、一瞬殺気を飛ばしてきた中在家にやんわりと近江は伝える。
「ごめんな雷蔵。ここを出たらすぐに放すから。…先輩に想われて、お前も幸せだな。」
不破にだけ聞こえるように耳朶に寄せられた唇から、優しさの籠った声で紡がれる。

「…馬鹿だよ、お前は、」
こんな時でも自分以外を慈しみ、守ろうと、傷つけまいとする姿。
自身の命には無頓着なのに、自身を取り囲む者たちの命は尊重し無償の愛情をもたらしてくれる。
「…馬鹿」
ふぅぅ〜〜っと堪えることなく不破が再び泣き出した。
「泣くな、雷蔵。」
そう困ったように眉を八の字に下げた近江がふぅっと小さく息を吐くと、自分を囲む仲間へと今まで向けた事のない殺気を飛ばした。

ビリビリビリッ、と空気が振動した錯覚を起こした。
背筋に嫌な汗が伝い、額にもじんわりと冷汗が浮いてきた。
気を確かに持っていないと、指先が震えてしまいそうだった。
(こんなにも、内に秘めたものがあったのか)
鉢屋は奥歯が鳴りそうになるのを堪え、下唇を噛んだ。

「退いてくれ。頼む。」
低く低く、底冷えのする声で鴻が呟く。
意志に反して、私たちは恐怖心から道を開けてしまった。
「脅して、悪かった。」
部屋を出る間際に、鴻はぽつりと呟いた。

「っ、」
涙が、また溢れた。
何処までも他人を思い遣るこいつを、私たちは束になっても留めることは出来ないのか。
情けなくて悔しくて、そして、哀しくて、泣いた。
「先輩方にもご迷惑おかけして申し訳ありませんでした…。けれど、俺はどうしても見届けなければならないんです。結末を、この瞳で。」
雷蔵を拘束したまま庭に下りた鴻を、六年の先輩方が黙って見つめた。



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