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あの時、伝えていたら

「鴻、ちょっといいか?」
近江の自室の障子戸を、竹谷が遠慮がちにタスタス、と叩く。
「どうした?伺うなんて珍しいな。」
そう笑みを浮かべた近江が応じて障子戸を開ける。

いつもの竹谷は、「入るぞ〜」という言葉と共に戸を開ける。
なので伺うも何も無く、よくそれで久々知と鉢屋に怒られていた。
しかし今日の竹谷はどこか遠慮がちに訪ねてきた。
「…揃ってどうした?」
近江の自室の前には、竹谷を筆頭に鉢屋・久々知・尾浜・不破と障子戸を囲むように佇んでいた。
「いや、その、お前が夕餉に顔出さなかったからどうしたのかな〜って。」
竹谷が後ろ首を掻きながら苦笑を浮かべた。
「入っても、いいか?」
鉢屋がじっと近江を見据えて尋ねる。
「あぁ…構わないよ。」
鉢屋の視線に緩慢な仕草で応えて迎え入れた。

近江の部屋は普段と変わらず片付けられていた。
文机の上には書物が重ねられてはいるもののきちんと整えられ、その周辺も物は少ない。
二人部屋としての部屋を一人で使っているのも相俟って、近江が一人だけだとこの部屋は広く淋しいと不破は思っていた。
けれど、一見生活感の無い部屋のようだが確かにそこには近江鴻という男の、優しく柔らかい気配と匂いのする部屋だった。
「いつも片付いているとは思っていたけど、今日は何だか閑散としているね。」
力無い笑みを浮かべて、不破がぐるりと部屋の中を見回した。
「そうか?別段、変わりはしないよ。」
柔和な笑みを浮かべて答える近江に、久々知がギリッと奥歯を噛む。
「平然とやり過ごそうと言うんだな。」
ぼそりと低く呟いた久々知を「兵助、」と尾浜が窘める。
近江は聞こえないとでも言うように、押入れから人数分の座布団を出す。

「鴻、今夜何処へ行こうというんだ。」
鉢屋がぎゅっと拳を握り、真っ直ぐに近江を見据えて問う。
「何処にも、行かないよ。」
顔をこちらに向けることなく、緩やかな動きで座布団を並べた。
あまりにも普段と変わらず、落ち着き払った様子に竹谷がたじろぐ。
けれど普段よりも落ち着きすぎている様子は、まるで全てを悟って甘受しているようにも見えた。


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