03




「…参ったな。流石先輩ですね。」
ふっと肩の力を抜いた近江が、小さく苦笑を零した。
「ごめんなさい、伊作先輩。見逃して頂けませんか。」
居住まいを正して、スッっと善法寺に頭を下げた。
「よしてよ!」
善法寺が慌てて近江の両肩を掴み、顔を上げさせる。
「ごめんね、鴻。それだけは聞いてあげられない。僕は、みすみす鴻を仇討に行かせる事なんて出来ないよ!」
きゅっと善法寺が唇を噛む。
「きっと僕なんかには到底想像の出来ない思いをしてきたのかもしれない。けれど…それは誰かの命を奪って報われる事なの…?」
近江を見据える善法寺の瞳が悲しげに揺れた。
「…止めてください。」
その瞳を直視できなくて近江は目を伏せる。
「本当は鴻も迷っているんじゃないの?だから雑渡さんの言葉に動揺して、僕の手を払えずに居る…そうなんじゃないの?」

そうであって欲しいと祈りを込めて僕は問う。
「もう止めてください!!」
自身の肩を掴む僕の手首を、鴻が掴み返す。
「止めてあげない。」
僕は鴻の身体を、薬棚に押しつけるように力を込めた。
「鴻が留まってくれるなら、優しくなんてしてやれない。」
「どうして、」
そう鴻が言いかけたところで、僕はその唇に己のそれを押しつけた。
「んっ、」
小さく鴻が、吐息を零す。
ゆっくりと唇を離すと、面食らったような表情の鴻と視線がぶつかる。



「鴻、お前が好きだよ。とてもとても、好きなんだ。だから、行かないでよ…。」



ずっとずっと言わずにおいた言葉を口にしたら、愛おしさが溢れ返った。

そんな僕を、ぐしゃりと悲痛に顔を歪めた鴻が突き飛ばす。



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