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明日に足りない君の命へ

「な…に、して…る、の?」
戸口で茫然とした様子で佇む善法寺は、辛うじてそれだけを口にする。
「おや、お帰り伊作君。」
逃れようともがく近江を涼しい顔で封じたままの雑渡は、頬を撫でていた手をひらひらと善法寺に振った。
「退いてください、雑渡さん。」
普段の彼ならば条件反射的に呆けたまま手を振り返す所だが、今は険の籠った声音で呟く。
そのままズカズカと二人に近付いた。
雑渡は「おやおや、伊作君が怒るなんて珍しいねぇ」などと言いながら近江の拘束を解いた。

「何をしていたんですか?」
善法寺は殺気の籠った瞳を雑渡に向ける。
「何でもありませんよ、伊作先輩。ちょっとお巫山戯が過ぎただけです。」
取り繕うように近江が答えた。
自分が答える代りに、余裕を欠いた近江が平常心を装って善法寺に答える姿を、雑渡は一瞥する。
(くくっ、私はそういう人間らしい感情を露わにする鴻君の方が好きなんだよね〜。)
そう雑渡は誰にともなく胸中で呟く。

「そう…。すみません雑渡さん、委員会の途中なのでお帰り頂けませんか。」
いつもなら委員会中だろうと、ほのぼのとお茶の相手をしてくれる善法寺の姿は形を潜め、酷く冷たい瞳が雑渡を見据えた。
ぞくり、と雑渡の背に甘い痺れが走る。
(おやおや、伊作君も流石忍のたまごと言うべきか。好い顔するねぇ)
くつくつと雑渡は再び笑いを零した。

「伊作君に怒られたらおじさん、寄る辺が無くなっちゃうから大人しく帰るとしよう。」
よいしょ、と雑渡は立ち上がる。
「鴻君、君はそうやってもっと感情を吐露しなさいよ。叫ぶ事だって出来たじゃないの。」
そう言って雑渡はゆるりと近江の頭を撫でた。
「…だから貴方が、苦手なんです。」
目を伏せた近江が、雑渡にしか聞こえない程小さな声で呟いた。
くつくつと笑った雑渡は、そのまま音も無く戸口から、まるで今までが幻だったかのように一瞬にして気配を消した。
開け放たれたままの戸口からは、夕餉に向かう生徒の賑やかな声が届いた。


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