01



一途な黒を溶かしてみせて

薬草を擂る音が、静寂な室内の空気を震わす。
―――ゴリ、ゴーリゴリ、ゴリッ
強弱のついた韻律。
その動作を行っているのは、五年は組の近江鴻だった。

今は保健室に一人きりで居た。
彼は丁寧な手つきで調合を加え、擂り潰すという事を繰り返している。
そんな折、擂り鉢に集中していた瞳がふっと前を見据えた。

「どなた、ですか?」
視線だけをすぅっと庭への戸口へと滑らせる。
「曲者だよ。」
と、のんびりとした声で、さも当たり前のように入室して来たのは、タソガレドキ城の忍頭、雑渡昆奈門だった。
「こんにちは、雑渡さん。」
近江はにこりと微笑み、雑渡に挨拶をする。
「こんにちは、鴻くん。今日も忍術学園の子どもたちは元気だね〜」
おじさん、嬉しくなっちゃうねぇ。と、目元を綻ばせた。
「…生憎と今、伊作先輩は席を外していらっしゃいますよ?」
雑渡の言葉に、学園内や庭先から聞こえる後輩たちの笑い声に一瞬耳を澄ませるが、取り合う事もせずに伊作の不在を知らせた。
「鴻君、前から思っていたんだけど、どうして私には冷たいの?」
雑渡が小首を傾げる。
「気のせいですよ。」
やはりそれ以上の会話をする気がないのか、近江はそれだけを答えると雑渡に座布団をすすめ、お茶の用意をし出した。

カチャッと、急須と湯呑そして茶葉の用意をする音が室内に響く。
「今回は伊作君に用事があるわけではないよ。君に用があったんだ。」
茶の準備をする近江の背に「つれないなぁ」と言いつつ、微塵もそんな色のない声音で雑渡が答える。
「俺に、ですか。」
ゆるりと振り向いた近江の瞳は、いつものように穏やかで優しさの滲む色はなく、ただただじっと雑渡を見据えるだけだった。


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