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どういう意味で君は泣いたの

鴻が実家に戻ってから一日と半日。
たった一日と半日だというのに、私はぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちだった。
あの晩以来、私たちの間に何か特別な変化があったわけではない。
お互い何かを切り出す事も、特別な意味を持って触れる事も無かった。
だからと言って何も無かったように誤魔化しているのとも違い、暗黙の了解というか…
一事実として受け止めているといった感じだ。

以前と変わらず普段の生活を営む中、それでもふとした時に過るあの晩の事。
例えば鴻の指が何気ない瞬間に触れる時や、その視線に晒された時。
一瞬にして、時も距離も越えてあの時分へと記憶が返る。
そんな時、堪らなく愛おしく感じる甘い痺れが私の身体を駆け巡る。
(私ばかりが翻弄させられて悔しい…。)
などと思うも、相手が鴻なのだから致し方ない気もする。

「…ふぅ。」
鉢屋は小さく息を吐いた。
持て余した時間と心を紛らわせようと友を誘うが、生憎と皆委員会があり、ことごとく断られた。
(雷蔵は図書委員・八は毒虫探索・勘右衛門は八に連れていかれ、兵助は火薬委員…)
ならばいっそ町へ下りようと、ぶらりと散策して今に至る。結局店を冷やかしただけで気分が上がる事はなかった。
(…戻ろう。)
鉢屋は学園へと続く山道へと足を向けてしばらくすると、前方によく見知った(そして今一番逢いたかった)背中を見つけた。

「鴻!!」
鉢屋が思わずその背に叫んで駆ける。
その声には喜びの色が滲んでいた。
「三郎。」
鉢屋の声に振り返った近江は、優しい笑顔で鉢屋を迎えた。
「早かったんだな。明日辺りになるかと思っていた。どうだったんだ?お母上は大丈夫だったのか?」
嬉しさのあまり、のべつ幕無しに鉢屋が問う。
「ははっ、そんなに一気に訊かれたら何から答えるか迷ってしまうよ。」
近江は可笑しそうに笑った。けれど、その笑いには単に可笑しくて笑っているだけではない別の、柔らかい何かを鉢屋は感じた。
「鴻、何か良い事でもあったのか?何だか、雰囲気がいつもと違う。」
鉢屋は近江につられて柔らかく表情を崩す。

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