01



優しさが滲んで消えない

「母から便りが来た。ちょっと行って来る。」
朝餉に集った食堂で、俺は唐突にそんな事を切り出した。
「えっ?お母さんから?」
「何かあったの?」
きょとんとした顔の雷蔵と心配顔の勘右衛門。
それもそうだろう。便りが無いのは元気の証という事で、母は何かあった時以外は文を出さないと編入時に俺に言った。
一度出してしまうと際限が無くなってしまうのが恐いと零し、加えて俺に対する母なりの意地もあると付け足した。
母は共に暮らしたいと思ってくれていたようなのだが、俺がそれを押し切ってまで忍術学園へ来たものだから、拗ねているのだろう。我が母君ながら意地らしい人だと思う。

「心配は無いよ。何か報告したい事があるらしい。すぐに戻って来るよ。」
二人を安心させる様に近江が笑みを向ければ「せっかくだからゆっくりしてくれば?お前滅多に帰らないじゃん。」と竹谷が身を乗り出し「そういえば鴻は夏と正月に数日戻るだけで、後は忍術学園に残るか住み込みで働きに出てるかのどちらかみたいだしな。」と久々知が付け加えた。
「…戻りにくい何かがあるのか?」
様子を窺うように、鉢屋が遠慮がちに問う。
「そういうわけじゃないよ。とても良くしてもらっている。ただ…」
近江は苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「今は廓には居ないんだ。俺が編入する頃母の見請けが決まって。一応俺は息子ではなく親戚の子って事になってるから、あまり入り浸るのも気が引けてさ。いや、旦那さんは凄く良い人で、ゆっくりしていけって言ってくれるんだけど、どうにも落ち着かなくてさ。」
少しバツが悪そうに近江が答えた。
「…複雑、なんだな。」
良い言葉が思い浮かばず竹谷が唸る。
「ははっ、単に照れくさいだけかも。お前らだって実家に久々に帰る時は変な感じだろ?」
そう近江が問えば「確かに。」「多少の照れくささはあるよね。」と久々知と不破が続く。
「そういう事で、外泊許可も得たし、この後行ってくるよ。」
いただきます。と丁寧に手を揃えて号令を掛ける近江に倣って他の五人も朝食を開始した。


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