03




「診た所、軽い擦り傷くらいだね。消毒し…」
と、言いかけた所で言葉が詰まる。
よく見ると肩甲骨付近に、今出来たものとは違う傷があった。
それは爪の形に食い込み、引っ掻かかれたような跡だった。
そう、それはまるで、情事の時に縋られたような…。

そこまで考えて善法寺は強く頭を振った。
(僕が嫉妬して良い事ではないでしょう?)
そう思うのに、口を吐いて出たのは相反するものだった。

「鴻、その傷、気が付いてる?」
平常心平常心、と善法寺は胸中で唱えた。
「…何の傷ですか?」
どうやら近江自身は気付いていないようで、きょとんと善法寺を振り返った。
「背中の、引っ掻いたような傷だよ。」
思ったより低く、棘のある言い方になってしまったと、善法寺は内心焦る。
「もぅ、ほどほどにしなね。」
それを取り繕うように、慌てて笑みを浮かべた。

近江がどういう観念の持ち主か重々承知しているのに、そんな意味の無い小言しか思いつかなかった。
ゆるりと前方に向き直る近江。
そしてぽつりと呟く。

「伊作先輩、それはやきもちですか?」
前を向いてしまった鴻の表情は僕からは見えなかった。
けれどどこか愛しさを含むその声に、僕は消毒液を手にした指を、心なしか震えさせてしまう。

「…可愛い人ですね。」
ふっと鴻が笑んだと判る程、空気が柔らかくなった。
僕からは窺い見る事は出来ないけど、とても穏やかな表情をしているに違いないのだろうと思った。
その途端、更にドキドキと胸が逸るのを自覚した。

あぁ、なんて子なの。そうやってお前は僕たちを捕らえて離してくれない。
憎らしい子。けれど、それ以上に愛おしい子。



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