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「鴻、どこか怪我した?」
善法寺が近江に歩み寄ると、近江はふるふると首を振った。
「大丈夫です。少し背を打っただけで。でも二人が診せに行けって心配するから一応戻ってきました。」と、再び苦笑を浮かべた。
「本当にすみませんでした…僕の不注意で…」
三反田が申し訳なさそうに俯く。その俯かれた頭をぽんぽんと近江が撫でた。
「気にしないでくれ。俺が好きでやった事だ。それよりも数馬に怪我が無くて良かった。」
「でも…」と、尚も俯きそうになる顔を、近江は撫でていた手を三反田の顎に滑らせ上を向かせる。
「ほら、俯いたら何も見えないだろ。俺が嘘言っている様に見える?」
にやりと悪戯っぽく笑う近江に、少し三反田の頬も緩む。
「いえ、見えません。」
「だろ?本当に大丈夫だから、もう気にするな。」
三反田と猪名寺を交互に見た近江は、柔らかく笑って片目を瞑った。
そのお茶目な仕草に、三反田も猪名寺も調子を戻したのか、ふふっと笑みを浮かべた。
「さぁ、じゃぁ鴻は僕が診とくから、二人は補充の続きに行って来てくれるかい?」
一部始終のやり取りを穏やかに見守っていた善法寺が口を開く。
「「はい!善法寺先輩、宜しくお願い致します。」」
口を揃えて答える三反田と猪名寺に、善法寺と近江はより一層笑みを深くした。

二人が補充に戻った後は、保健室に善法寺と近江の二人きりになった。
「じゃぁ鴻、背中を見せて?」
傷、又は打撲の有無、治療が必要かを診るべく促す。
「はい。失礼します。」
そう短く答えて近江は上衣を脱いだ。
露わになった、薄い傷が無数に残る白い肌。程良く筋肉がついて締まった腕。
それだけで善法寺は自分の胸が逸るのを自覚した。
(馬鹿、意識し過ぎ。見慣れているはずなのに何を今さら…。お風呂だって一緒に入った仲じゃない。なのに、これだけで意識するなんて。)
善法寺は堪らず視線を外した。
お風呂、と先日の事を思い出した途端、その後の様々な事が頭に蘇り羞恥で沸騰しそうになった。
(鴻は覚えていないんだろうなぁ)
少しの虚無感が胸を過る。それでも、満ち足りた幸福も同時に蘇る。
「伊作先輩、お願いします。」
考え事をしていた善法寺に声が掛かる。
視線を戻すと、中着も取り上半身に纏うものが無くなった姿の近江が、椅子に座って此方に背を向ける形で視界に入った。
その途端、善法寺は堪らない思いがした。
(この背中には、何を背負っているのだろう。どんなに強く凛々しく見えても、まだ十四の歳の子どもだと言うのに。)
どこか幼さを残す後ろ姿に、善法寺は唇を噛み締めた。
それを悟られまいと、無理やりに笑みを浮かべる。



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