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傷跡に愛を塗り込んだ

「ぜ、善法寺せんぱぁぁぁぁいっ!!」
そう叫んでガラッと勢い良く保健室の戸を開けたのは、一年は組の猪名寺乱太郎だった。
「どうしたの?乱太郎。」
今は委員会中で、委員のそれぞれが学園内と長屋の落とし紙を補充しに回っているところだった。
ただ善法寺だけは、席を外している新野先生の代わりに、急患に対処できるようにと保健室で待機していた。
「あの、近江先輩が私たちを庇って蛸壷に落ちてしまい…」
と、今にも泣き出しそうになって説明し出した。

事の経緯はこうだった。
鶴町と川西、猪名寺と三反田、そして近江という三つに分かれて補充場所に回っていたのだが、例の如く不運を発揮した三反田が蛸壷に足を取られ、咄嗟に三反田の腕を両手で掴んだ猪名寺は体格差で叶う筈も無く。
共に落ちると目を瞑った瞬間、猪名寺は思い切り襟首を掴まれ、後方へと引き上げられた。
どうやら駆け寄ってきた近江が、三反田を掴んだ猪名寺共々引き上げてくれたようだった。
しかし、下級生とは言え二人分の体重。
勢いもあり、二人を引き上げる反動で近江がそのまま蛸壷に背中から落下したと猪名寺が伝えた。

うるうると瞳を潤わせ、今にも零れそうな涙を溜めた猪名寺の頭を善法寺がそっと撫でる。
「それで、今鴻はどうしているの?」
優しく微笑み問い掛ける善法寺に少し落ち着きを取り戻したのか「今三反田先輩と共に此方に向かっておいでです。」と、しっかりと答えた。
「分かった。ふふっ、そんなに心配しないの。そんな乱太郎の悲しそうな顔を見たら、きっと鴻も心配するよ?」
もう一度猪名寺の頭を撫でた。
「そうそう、大した事無いんだから心配すんな、乱太郎。」
と、いつの間にか開け放たれた戸の向こうに苦笑を浮かべる近江と、心配顔の三反田が立っていた。


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