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しかし、自分の背丈と更にその半分程の深さのある穴の中なので到底先輩を掴める筈もなく、届かなかった手が所在なさげに伸ばされたままになった。

「ん?出んのか?」

その伸ばされた手を、出る手伝いを乞うたものだと勘違いした鴻先輩が掴む。
じんわりと伝わる人肌。

今まさに掴みたくて掴めなかった人の手。
何とも言えないチリッとした痛みを胸に感じ、ぐっとその手を引いた。

「うわっ!?」
油断していたようで、鴻先輩はあっさりと穴の中に振ってきた。

「よっ…と。どうした、綾。」
あっさり落ちた割には余裕で体制を整え、中に居た私に向き合うように上手く降りる。

侮れない人。
油断している様に見えてもちゃんと周りを把握しているのだから喰えない人だと思う。
座学は中の上くらいらしいが、実戦演習は上位の腕前だと他の五年生から聞いた事がある。
それこそ最上級生をも凌ぐ力量で、どやらプロ忍に並んで忍務を担ってるという話もあるくらいだ。学費をご自分で稼いでいるらしいので、その辺の事も忍務を受ける理由なのかもしれない。報酬が無ければ学園に納めるお金を調達する事が出来ないから…。

「お〜い?」
そんな事をうつらうつらと考えていた私の顔の前に、手をひらひらと泳がせる。
「どうした?」
狭い穴の中なので向き合うように立ち、体制を保とうとすれば必然的に相手を閉じ込めるような手の配置になる。
今の状況を言うならば壁に背を預けている私と、私の顔の横に左手をつき、右手を眼前でひらひらと動かす鴻先輩。
見方によっては追い詰められているような形に見えなくもない。



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