06




そう言いながら近江は鉢屋の首に回した片手を肩から肘へと滑り下ろし、そのまま自分の顔の横に手を置く鉢屋のその手に絡ませた。その仕草を、鉢屋は寄る辺の無い様子で見つめていた。
「そして、何があっても、俺たちはお前を疎んじたりは、しない。」
力強い言葉とは裏腹に、触れなば落ちん仕草で鉢屋の指先に口付けを落とした。

(あぁ、食満先輩が言っていたのは、こういう事なのだろうか。)
近江は先日の食満の言葉を思い出す。
“絶対にお前を疎んじたりはしない。”と言っていた食満に、もしも今の自分と同じ想いがあったのならば、なんて幸福な事なのだろうと。
(誰かに想われ、誰かを想う事がこんなにも尊いものだなんて、知らなかった。)
こうやって人と人は繋がり支え合って分け合いながら生きて、それを知らずにいる誰かと教え合っていくのか。と、近江はその愛すべき輪廻に初めて気が付いた。

口付けを落とされた鉢屋の指が震える。
そして近江の手をぎゅっと握り返した手の温度が、ぐんと上がった。
「鴻、鴻、鴻鴻鴻、」
掻いつく鉢屋の頬を伝う涙には、未だ固まるに固まれない頬の傷の血が混ざって降った。
近江は指の腹で涙を拭いながら、問う。
「三郎、嫌なら無理強いはしない。けれど、もしも許してくれるのならば、その頬の傷を手当てさせて欲しい。」
窺い見るようにその双眸を見つめれば、鉢屋は一瞬戸惑いを示したもののぎこちなく頷いた。

「いいよ…お前にならば、いい。」

おもむろに二人は身を起こし、向かい合った。
近江はそっと面に触れ、傷に響かない様にゆっくりと外す。
―――ぺらり
面の剥がれる微かな音だけが室内に響く。
「…っ。」
鉢屋の喉がひくり、と鳴った。
その緊張を和らげようと、近江は優しく優しく手を進めた。

月の明かりを背にしていたので、ハッキリとその表情を窺い見る事は出来なかった。
しかし纏う雰囲気は雷蔵に似ても似つかない程真逆な、凛としたものだった。
「…ふっ。」と小さく溜息を吐いたかと思うと、鉢屋はごそごそとその鬘に手を掛けた。
半端を嫌ったのか、鬘を自ら外す。



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