05




「…どうしたんだ、三郎。」
そう静かに問えば、ぎゅうぅぅぅっと腰の下に差し入れられた両手の力が更に増し、肺が圧迫される程密接になった。
触れ合う鉢屋の体温は明らかに熱を帯び、ぐっと近江の腿に押し付けられた下肢からは確かな存在を主張されていた。
「んぐっ、今日みたいな事があったら…私は誰に縋れると言うんだ。本当の顔も隠し、この手は血塗られて…それなのにッ、」
堪らず鉢屋が歯を立てる。
「っ、三郎、俺たちはお前の本当の顔を、知っているよ。」
諭すように近江が呟けば、ガバッ!と鉢屋が勢いよく身を起こした。
そこに映るのは、脅えと戸惑いが綯い交ぜになった不安色だった。
「お前がいくら雷蔵を完璧に模していても、その心音や瞳は面では隠せない、唯一無二のお前のものだ。」
近江はゆっくりと鉢屋の頬を撫ぜる。怪我に触れないように、そっと。
「晒したくないなら晒さなくてもいい。お前の素顔を知るか否かは問題では無いんだよ、俺らには。ここに居るお前が、鉢屋三郎であればいい。」
伝われ、伝われ。
と、近江は祈りを込めて届ける。
見開いた鉢屋の瞳からは、まだ溢れるのかと思わせる程の涙が湧き出た。
「それに…俺もここまで生き残る為に、多くの命を手にかけてきた。血塗られているというならば俺も同じだ。穢れきっている。」
近江は目を伏せ、その手にかけた者を想って悲歎に暮れた。
「…もぅ、俺に触れたくは無くなったか?」
鉢屋の頬に触れていた手を離し、苦々しい笑みを近江が零す。
その沈痛な面持ちを見て、鉢屋が思い切り頭を振った。

「そんな事は無い!!お前の手は穢れてなどいない!私は知っている。その手が下級生を助け、優しく抱く事も。そして上級生の力に成り、学園を守ってくれている事も。…何よりも、私たち仲間を重んじて包んでくれるその手が…私は一等、好、きだ…ッ。」
息が詰まった。
鉢屋は嗚咽させまいと喉を締めるおかげで上手く呼吸が出来ず、流れる涙で近江がどんな表情で居るのか、滲んで見る事が出来なかった。
すると、ぎゅっと優しい力をもって鉢屋の首に腕が回された。
引かれるままに再び近江の胸中へと誘われれば、鉢屋の耳朶に近江の唇が掠め囁いた。
「…三郎、その言葉をそっくりお前に返すよ。俺たちは知っている。下級生を慈愛に満ちたその手で抱く事も。そして上級生をも凌ぐと言われるその力量は、人知れず酷使し努力の下に得ているという事も。少しも穢れてなんかいない。」



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