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―――ばちゃ、じゃぶじゃぶり
桶に張られた水の中を、手拭いが水を含むよう揺らされる。
―――ぎゅぅぅぅ、ぴちゃちゃちゃ
と、手拭いが絞られる度に、桶へと水が還っていった。

鉢屋が佇む所から少し離れた文机に桶を置き、硬く絞った手拭いを綺麗に畳み直すと、近江は鉢屋の元へ歩み寄る。
「三郎、俺の夜着を貸すから着替えさせるよ?その姿は…辛いだろう。」
近江は、反応の無い鉢屋の装束の袷に手を掛け、上衣の紐を解いて肌蹴させた。
傷はあるものの、そこまで深いものは無く、泥と血を拭っては応急処置を施すという事を繰り返した。
中着も取られ、上半身に纏うものが無くなっても、鉢屋はされるがままになっていた。
時にびくり、と痛みに身体を震わせる事はあれど、拒否する事は無かった。
(上半身はこれで良い。けれど顔の…おそらく捲れ上がっているのは面の部分だとしてもその奥の傷も軽くはないだろう。処置、しなければ。)
近江はチラリと鉢屋を窺い見た。始めよりは少し落ち着いたのか、ゆるゆると弱々しい瞳が近江を捉える。
(…今はまだ、無理か。)
近江は僅かに目を伏せる。
「三郎、悪いが下も着替えさせるよ。」
近江は返事を待たず、袴の紐に手を掛ける。
びくっ、と鉢屋の身体が硬直した。
けれど、やはり肯定も否定も返事は返らず、近江も気にせずにバサリとそのまま袴を落とした。それと同時に夜着を羽織らせ、前を整えて帯を締める。
(着ていた装束は空籠に入れて夜明け前に処分してしまおう。あれはもう洗っても落ちないだろうから。)
そう思いながら装束を入れた籠を部屋の隅へ片付ける。

「いい加減座るか。ずっと立ったままだもんな。」
近江は苦笑を浮かべて、上半身の応急処置をしている間立ったままだった事を思い出す。
ゆっくりと手を引いて座るように促せば、緩慢ながらも鉢屋は従った。
「足袋も脱がせるよ。」
桶で手拭いを濯いだ近江は、足袋を脱がせてその足を、そしてその上の方の汚れと血を清め処置を施していった。所々に掠めたような傷と打撲跡。血はほとんど止まってはいたが、内腿には若干抉られたような傷があった。
その部分を丁寧に拭う。



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