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店主に呼ばれた俺は、相座敷して欲しいと頼まれた。
今まで似たような事はあったにせよ、店主が「あれは遊女では無いのでご容赦下さいませ」と断ってくれていた。しかし今度の相手は、この近辺で一等財力のある商家の息子だ。断れるはずもない店主の立場を思い承諾した。
本当にここには感謝をしていたし、恩返しが出来るのならという想いもあった。

いざお座敷に入った俺は、気を良くしていたその若に憤慨されると承知で、先に事実を伝えた。でなければ、もっと大変な事になると思った為、知らせるのは早い方が得策だと思ったのだ。

「若旦那様、恐れ多くも早々に上伸する私の厚かましさをお許し下さいませ…。」
近江はススッと三つ指をつき、頭を下げる。
「何だ何だ、そんなに畏まる事はないぞ。」
言ってごらんよ?と、進言する近江の先を促した。
「申し訳ございません、騙すのは本意ではなかったのですが…まさか私をお目にかけて下さるとは思いもよらず…」
そう言い淀む近江の側まで若が歩み寄る。
「顔をお上げ。せっかくの別嬪の顔が隠れてしまう。もっと良くお見せよ。」
くいっと緩やかな力で顎を持たれる。
「…ほぉ。本に美しい顔をしているな。」
と、うっとりとした表情で近江を見詰める。
「勿体無きお言葉…有難う存じます。」
近江はふっと目を伏せ、恥じらう仕草をした。
「して、申したい事とは何だ?」
問いながらそのまま近江の顎から頬へ、そして耳朶を遊ぶように手を滑らせる。
「…若旦那様、私は真の女子では、ございません。惑わすような事となり申し訳ありませんでした。奉公をさせて頂くには、このような姿ではないといけませんので…」
少々心苦しく、近江の眉間に有痛な皺が刻まれた。
「そうか、そうか。しかし、お前が女か男かは俺にとっては瑣末な事だ。故に、気に病む事はない。」
はははっと、快活に笑う若に、逆に近江の方が呆気に取られてしまった。

「左様で…ございますか。」
予想に反して若はすんなりと得心した。
このご時世柄、衆道に対して嫌悪は全く無いが、遊郭に来ているのにわざわざ男である自分をこのままに、というのに驚いた。



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