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でもきみは、逃げない

きり丸を寝かしつけた後、俺は再び屋根へと上った。
鍛錬で蓄積した熱を冷ますのと、きり丸の様子から過去を少し思い出した為に、真っ直ぐ部屋に帰る気にならなかったというのもある。

きり丸は強い。
己の境遇を受け入れ、怨む事も悲観する事も無く、それをも抱きながら真っ直ぐに生きている。
俺のように悪あがきをせずに凛と成長する姿は、俺よりもずっと大人だと思った。
ふぅ、と小さく溜息をつく。
(皆、それぞれの環境から様々な境遇を持ち、ここに集まり頑張っている。理由は何であれ、立派な忍に成る為に…)
俺はここに来るまでの数年を過ごした、廓での事を思い返した。

もともと父が忍術学園の出だったらしい。
父が曽祖父(俺からすれば高祖父に当たる)からの隔世遺伝による、薄い緑と蒼が混在する瞳。
俺も父の遺伝で継いだが、幸い至近距離で凝視しないと分からない程度だ。
しかし顕著に出ていた父は、英国の血が混ざっていると一族に疎んじられていたと聞いた。それから逃れる為に忍術学園に入り、卒業後勤めた先で母と出会い俺を授かったと。

父は、逃亡期間中に忍術学園の事を教えてくれた。いつか、お前も入学出来たらなと。そこはとても良い所で、同年代の友人たちと切磋琢磨して鍛錬を積むのは、生涯の良き糧になると微笑んでいた。
俺は同年代の友人なんて一人も居なかったから(逃亡期間中は勿論の事、廓でもずっと年上の姐さんしか居なかったし、同性でも裏方の兄さん・おやっさんたちが精々だ)、“同年代の友達”というものがどういうものか分からなかった。だから父からその話を聞くたびに憧憬が募った。

廓で働く中で忍術学園への想いは強くなり、俺はコツコツと資金を貯めていた。
あれから胡蝶蘭様とは稀に同衾する事があった。情けない事に、やはり俺には困難な事で、香や媚薬の力を借りる事もあった。しかし、俺の身体の事を理解してくれていた胡蝶蘭様は強要なさる事はせず、共に眠るだけの日もままあった。
…汚い話になってしまうが、入りたい学園があると知っていた胡蝶蘭様は、俺と同衾する事を“仕事”として宛がってくれた。そのおかげで少しずつ資金に宛てて行く事が出来た。
そんなある日、物好きな豪商の若が俺の事を気に入ったと言い出した。
ふらりと遊戯に来たのであろうその若が膳を運ぶ俺を見て、お座敷が掛かっていた遊女に零していたと後から聞いた。

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