04




「…きり丸?」
瞬間、スッと音も無く障子か開けられると、遠慮がちに、ほとんど空気に紛れる程小さな声で問いかけをする人物が立っていた。
「近江…先輩?」
そこに佇んでいたのは、五年は組の近江鴻先輩だった。
「…どうしたんすか、こんな時刻に。」
ゆっくりと乱太郎から離れて、先輩の前まで歩く。
空には雲が掛かり今が何刻かは判断しづらかったが、まだ夜明けまではしばらくありそうだった。
「うん?俺は眠れなかったから鍛錬をね。そうしてたら、きり丸の叫び声の気が、したから。」
「…俺、叫び声を上げてましたか?」

摂津は基本目上に対しては“僕”と言うが、こと近江に関してだけは素で接していた。それは、それだけ信用しているという事だった。故に表情などにも遠慮は無い。
少しバツが悪そうに摂津が近江を見上げる。
「いや。叫び声の“気”が、しただけだよ。」
ゆっくりと近江が摂津の頭を撫でる。
その五年生を示す装束からは、土の匂いと夜露に濡れた草の匂い、そしてほんの少し汗の匂いがした。

ぎゅっと胸が掴まれる思いがした。
人の匂いがする事の安堵と、この一年生が沢山いる長屋の中で俺の叫んだ“気”を読んで来てくれた近江先輩の凄さと優しさに、鼻の奥がツンとする。
「ははっ、なんすか、その察知能力。俺にも分けて下さい、よ。銭…み、見っける、時に…」
その後にはもう、言葉が続かなかった。
溢れてしまった涙を隠そうと腕で覆うよりも早く、ぽすん、と近江先輩の胸中へと引き入れられた。

「きり丸は、花火を見たかい?」
突然に話題を振られた。
「見たっす、よ。」
しゃくりあげない様に、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。



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