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くるくる、まわって、きれいで、真っ赤で

逃亡から実父が他界するまでの五年間、忍びとしての基本の教養・作法・知識・技術は生きる為に最低限の範囲は伝授された。
また追跡奇襲が実戦訓練となり、悲しくも齢八つにして人を手に懸けた事も幾度とあった。その逆も然り。

それは生きる為に殺すという矛盾。

最初は飛び散る血飛沫が花弁のように舞い、この手が真っ赤に血塗られる事に戦慄し、鼻をつく錆びた鉄の臭いがぐるぐる頭を巡って何度も嘔吐した。
生きているのか殺されたのか分からなくなりそうな恐怖と常に隣合わせだった。
しかしこの頃にはその感覚は麻痺し、殺す事への躊躇いや恐怖は感じなくなっていた。

父は最期に自分の小刀を託してくれた。

密かに変装の術も訓練されていた為、実父と過ごした五年の間はちょこちょこ変装をし、素の姿を特定出来ないように配慮されていた。

幼かった俺は、柔軟性かつ成長があるので紛れることが可能だった。
それ故、俺は実父が殺された後(山賊に襲われた子どもを身代わりにして)追跡も逃れられた。

それからの半年間、死体からの押収・盗み・時には山賊に絡まれ命辛々生命を繋げてきた。
そんなある日の朝、遊里の界隈に入り(朝の遊里は就寝時間なので動きやすい)井戸を拝借して顔を洗っていると、運悪く女性と鉢合わせてしまった。
しかし虫の知らせというものなのか、普段なら床につく時分だというのに、外の空気を吸いに来た母とバッタリ会ったのだ。

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