05




今度は触れ合うだけの優しいものではなく、噛みつく様な荒々しい口付け。
それでもどこか窺うような、壊れ物を扱うような繊細さで舌を割り入れてゆく。

「あっ…、うっ…んふっ…。」
ぬるりとしたモノが近江の口内を嬲る。
優しく、けれど激しく上顎を撫ぜ、歯の羅列を確かめるように舐め、舌を吸い絡ませる。

ちゅく、ちゅっ…ちゅぅ
響く水音。

「はぁっ…」
近江は息継ぎが上手く出来ず水中で溺れた様な感覚に、思わず腕を善法寺の首に回してしがみついた。

「…っ、はぁ…はぁ…」
漸く唇を離すと、微かに目元を紅に染め、息を整えようとしている近江の瞳とぶつかった。

「…もう、悲しくは…ありませんか…?」

と問う近江に善法寺は一瞬何の事だろうと逡巡したが、自分が涙していた事だろうと思い至る。
「うん…、うん。もう悲しくない…幸せだよ…。」
そう答えてやれば、へにゃりと近江が微笑む。
「良か…っ…た………」
言い終わるか否かで、近江は再び夢へと引きずり込まれていった。

きっと霞がかった朦朧とした鴻の今の頭では、口付けの事を覚えてはいないのかもしれない。
それは悲しいような、ほっとするような、悔しいような…そんな複雑な気持ちを覚えるけれど…
僕は忘れない。きっとずっと、生涯をかけて忘れる事の出来ない思い出となるだろう。
それほどまで人を愛したという事、そして好いた相手との口付けがどれほどの幸福を齎してくれるかという事を。

「鴻、好き。大好き。お前が忘れてしまっても、僕には覚えさせておいてね。お前にとって今後の誰かが初めての口付け相手であっても、僕にとっては紛れもないお前の初めての相手だと言う事実を誇る狡さを。どうか許してね…。」



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