03




パタタッと尚も涙が零れた。

「…?い…さく…せんぱ…?」
重たげに、微かに持ち上げられる近江の瞳と掠れた声。
近江は自分に降り注ぐ滴をぼんやりと感じ、再び問う。
「泣いている…ん、ですか…?」
夢と現を彷徨っている微かな声と、まどろんだ瞳を向けて、ゆるゆると近江の手が善法寺の頬を撫ぜる。

「…っ。」

その優しい仕草が、体温が愛おしくて、善法寺はくしゃりと顔を歪めて目を伏せた。
ほんの少し俯く格好となった善法寺の額と近江の額が触れる。
鼻先も少し力を抜けば触れる距離にあった。
そんなギリギリの距離でも目を合わそうと、頬を撫ぜていた近江の手が、くっと下を向く善法寺の顎を微かに上げさせた。

「泣かな…いで…先輩…」

夢に引きずられる様に語尾の消え入る声で、それでも善法寺に聞こえるようにと、近江は無意識に頭を持ち上げる。

「…んっ。」

重なる唇。
距離感を誤った近江が善法寺に口付けする形となった。

「…鴻?」
「…はい?」

頭が真っ白になった。
ずっとずっと夢に見たこと。
己の願望でしかなく、叶う事なんてないと思っていたのに。
信じられなくて、でもその温もりは確かで。
甘美な震えが善法寺の脊髄を走った。



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