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どうしよう隠しきれない

あの後、風呂に入って身体を清めた。
ドス黒く全身を染め上げていた血汐を流し、丁寧に丁寧に髪も身体も爪先まで洗い上げた。
この三日不眠だったという鴻は、ドッと疲れが出たのだろう、終始ぼんやりして瞼が重そうだった。
のろりのろりと緩慢に動く姿が珍しくて思わず笑みが零れた。
湯から上がってからもなかなか動かない鴻を促しつつ、そのまま自室へ呼んだ。
怪我の治療をさせて欲しかったのも理由にあるが、このまま五年長屋に戻すのが心配だったという事が大きい。

初めて見た鴻の中の“恐れる”という部分。不安定に揺らぐ瞳。安心して預けてくれる緩慢な仕草。
その全てが、僕に向けての事だと思うと愛しさが込み上げて泣きたくなった。

善法寺は布団を敷き、近江を手招く。
食満が不在な為、今夜は衝立を障子の方へ追い遣りる。
普段より広々と感じる部屋に一組の布団が敷かれ、そこに二人が横たわる。
何の抵抗も見せず、母親に促されるままに従う子どものように、近江が善法寺の胸中に収まった。
堪らず近江を抱きすくめる。
旋毛の見える頭上に顔を埋めて息を吸えば、石鹸の香りが肺を満たした。
数刻前までの悲惨な臭いとは無縁の、平和な香り。

ぴくり、と近江の身体が揺れる。
「…あの、伊作先輩…」
「うん?」
「その、…当たってます。」
もぞりと近江が身じろぎをする。
「ふふっ、ごめんね。でも、何もしないから安心してお休み。」

男の身体とは正直なもので(意志とは関係のない自然現象なのだから仕方がない)、善法寺は照れたような困ったような、はにかんだ顔をした。
「何だか、照れくさいですね。」
近江もつられてはにかむ。
善法寺はもう一度笑みを零すと、近江の前髪を優しく梳いた。

「おやすみ、鴻。」
「おやすみなさい、伊作先輩。」

ゆっくりと瞼が落ちる。

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