04




じゃぷ、ちゃぷり

井戸で水を汲み、その中に手を差し入れる。
ひんやりとした水温と、波紋の広がる桶の中。
揺れて歪んだように見える近江の表情は、それだけが原因では無かった。

バシャ!
勢いよく顔を洗う。
「はぁー…」
深い深い溜息が出た。
忘れていた身体の重みが再び圧し掛かる。

(顔が、見られない。見せられない…。)
井戸の淵に手を掛け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

「鴻。」
ふいに呼ばれ、近江の身体が硬直した。
いくら学園内で、疲労が極限値を超えていたからといって気配を読めなかったなんて相当だ。
声のした方をゆるりと振り向けば、善法寺が立っていた。
「留さんを、ありがとう。鴻が助けてくれなかったら、僕たち駄目だったかもしれない。」
善法寺は小さく苦笑を浮かべて近江を見つめた。
弱々しいものの、普段と変わらない雰囲気で、そこに恐れや軽蔑といった色は無かった。
しかし、近江はどうにも耐えられず視線を外す。
「いえ。…それでは、俺はこれで失礼します。」
善法寺の横をすり抜けようとした近江の腕を、善法寺がやんわりと掴む。
「どうして、避けるの?」
優しい声音と仕草とは裏腹に、近江を掴む手にはぐっと力が込められる。
「…避けてなんていませんよ。」
「嘘。じゃぁどうして目を合わせてくれないの?」
善法寺は、近江の身体を自分に向かせようと、少しだけ腕を引く。
されるがままに身体を向けた近江は、けれど視線を合わせることは無くて。
「…軽蔑、したでしょう?あんな躊躇いもなく、平気で人を殺める、なんて…」
途切れ途切れに近江が言う。
次の瞬間、パアァァン―――と水をも弾く音が響いた。



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