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傷つくことも、傷つくための繋がりさえないはず、だったのに

身体が鉛のように重い。
手足は枷が着けられたようだ。
頭も鈍く痺れ、紅血を存分に含んだ服の所為で嗅覚も鈍くなりそうだった。

この三日、近江は食事もろくに取らず不眠不休で任務遂行に奔走した。
(…帰りたい。)
あいつ等の居る、皆の居る学園に早く帰りたい。

近江はそんな自分の思考にはたとして、小さく笑みを零した。
(何処かに戻りたいと、自ら思う日が来るなんて…)
それまでの近江は、本懐を遂げる為に生き延びる事と母を守る事だけしか無かった。
廓の人間や、自分を取り巻く人・環境に感謝はすれども、そこに執着を持つ事は無かった。
どこか自分とは切り離して、いつその場から自分が消えたとしても不思議ではないように、自分も後ろ髪を引かれないように深く関わりを持たなかったのが実だ。
だけど、忍術学園に編入し、周りと関わり築き上げてきた日々は何にも代えがたいモノとなっていた。
(あいつ等に出会えたおかげか…。)
もう一度小さな笑みが零れそうになったが、それよりも前に察知した気配に一瞬で神経が研ぎ澄まされる。

(気配が三つ。一つは酷く弱々しい。)
ここはもう忍術学園の敷地内だ。生徒か?でもこんな時刻におかしい。
今は暁七つくらいだと空の高さで判断出来た。
感じる気配に神経を集中させ、向かう足を加速させる。
ひゅんひゅんと木々の間を縫い、流れる風景が頬を撫ぜる。

姿が見えた。
ぴくりとも動かない人間を守るように抱え込み、怯む事無く相手に対峙する深緑色の装束姿と、今まさに刃を振り下ろそうとしている黒装束の大男。
深緑色の方は忍術学園六年生の装束だと分かった。
そう言えば俺が遣いに出るのと同時期に数日の戦場実習が入ると伊作先輩が言っていたっけ。

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