…あの日もこんな風に大きな赤い月が出てる夜だった。 私のお父様は、少しだけ変わった方で自分の研究に絶対の自信を持っていた。 だから、娘である私をその実験台にしたの。 …失敗してくれたらよかったのに。そうすれば私はこんな風に生きる必要はなかったのに。 ************************* 湖畔は静かに水音を立てながら、月光をゆらゆらと揺らす。 私はただ岸に座りその様子を眺める。 「こんな夜中に人がいるなんてな。」 後ろから聞こえた声にビクリと肩を揺らす。足音も立てずにどうやってこの人はここに辿り着いたの?…もしかして、人ならざる生き物なんだろうか? 「あの…どうやって此処に?」 おそるおそるそう聞こえた声に問いかけてみる。 「…どうやって、か。飛んできたって言った所でお前は信じるのか?」 「…目の前で飛んでくだされば、否が応でも信じざるを得ません。」 世の中に説明できない事は存在しない。そうお父様は仰っていたけど、それは違うと今証明された。 だって今目の前に人が浮いているんですもの。 「…これでいいか?」 そう言ってその人は目の前にゆっくりと着地する。 キラキラと光る金色の髪と、サファイアみたいな色をしたガラス玉みたいに透き通った瞳。昔礼拝堂でみた、絵画に描かれた天使が大人になったような姿をしている。 「天使様ですか?…やっと罪深い私を天に召して下さるのですね?」 深く頭を下げ、その方の前にひざまずく。 「…はぁ?意味わかんないこと言わないでくれる?俺が天使?…頭大丈夫?」 「だって、宙に浮きましたよね?それにその姿…」 「…その対極に位置する存在。」 「対極…」 この方は私を試そうとしているんでしょうか?…どう見てもその姿は悪魔には見えませんもの。 「口で説明するのは面倒だな…こうすりゃアンタでもわかるだろ?」 与えられた情報を私が整理している間に、その方は私の髪を掻きあげ、首筋に顔を近づける。 「何をなさるんです…痛いっ!」 太い針のようなものに首筋を貫かれるような激しい痛みが私を襲う。薄目を開けた先には、牙を刺し血を啜る姿が映る。 「…ヴァンパイ、ア」 「なぁ、アンタ不思議な味がするんだけど。…いったい何者?」 まぁマズくはないからいいけど、そう言って再び吸血をはじめる。 「…魔女って言ったら信じてくれる?」 「…こっち側じゃないよな、それくらい血でわかる。オマエの血は人間の血の味だ。だけど、何かがおかしい…」 唇の端についた手を指で拭い舐めた後に、彼は私をじっと見つめながらそう問いかけてくる。 「…私は…」 もしかしたらこの人だったら私の願いを叶えられるかもしれない。 そんな希望を託して、 「長くなりますけど聞いてくださいますか?」 「…聞くだけならな。」 私の今までをこの人に話すことにした。 |