スバル連載用プロトタイプ



夜空に穴を開けたようにぽっかりと浮かぶ月。
毎夜、散歩に出かけて公園で休憩しながら、それを眺めるのが私の趣味のようなものだ。

満ちては欠けて、そして姿を隠す。そうやって日々表情を変えるその姿は見ていて飽きないなと、思う。


閑静な住宅街の公園に深夜にくるモノズキなんてそんなにはいない。
ここは街灯も少ないし、規模も小さいし、ひっそり隠れるようにある公園だからこのあたりに長く住んでいる人でも、知らない人もいるかもしれない。

だから私はここが好きだ。誰にも私の邪魔をされることはないから。

途中で買ったミルクティーを飲みながら、今日も飽きずに夜空を眺めるのだ。


「そろそろ狼男になったりして。…あっ、私女だから狼女かなぁ。」

昔は月を見過ぎると満月の夜に狼男になると信じられていたと、何かの本で読んだ気がする。実際、私が私以外の誰かになれるのならなってみたい気もする。
そんなことを思っていたら、つい口から思ったことが出てしまっていた。

「まぁそんなことあるわけないか。」

綺麗な卯の花色の物体はなんにも答えてはくれずにただ私を照らす。こんな私の姿を見ている人はいないだろう、そう思い言葉を続けてみる。

「でもなれるなら、今度は幸せな人になりたいな。誰かに…せめてお母さんに愛される人に生まれ変わりたい。」

「あと何回この満ち欠けをみたら私は変われるかな?」



『あなたを愛おしいなんて思ったこと一度もないわ。』

生まれた時からずっと呪いの呪文のように私に紡がれてきた母親の言葉をふと思い出す。
あの人にとって私は、ただの道具にしかすぎないコトなんて随分小さな頃に気がついていたはずなのに。
それでもずっと求めているのだ。あの人から欠片くらいでもいいから愛情を与えられることを、心の底ではずっと。

「…どうして。私には与えられなかったの?」

ポロポロと涙が零れてくる。


「…求めたらなんでも求められると思ってるなんて、ガキじゃねぇんだから気がつけよ。」


急に聞こえた声に、顔をあげると少し離れたベンチに誰かが座っていた。

「…ずっといたんですか?」

「狼女のあたりから、な。何、オマエそういうのになりたいわけ?」

心の底からバカにしてますと言わんばかりの口調。

「そういう訳じゃないです。でも…」

「あぁ、母親に愛されたいって?マザコンかよ。」

そう言い切り、今度は思い切り鼻で笑った。

「でも、それでも…誰かに愛されたいし、愛したい!そう思うのはおかしなコトなの?!」

思わず立ち上がりその人のいるベンチへと足をすすめる。


暗闇の中でも月の光を反射してキラキラと輝くプラチナブロンドを持ったその人は、私の気配に気がついたのかうつむいていた顔をこちらに向ける。

「…なんだ?…って泣くほどのコトかよ。」

止まらない涙をそのままにしていた私のぐちゃぐちゃな顔を見て、その人は少しだけ狼狽えたような表情を浮かべた。

「…泣くほどのことじゃない。そんなの私が一番わかってる。求めても手に入らないことも、全部わかってるの…!!」

初めて会った人私は何を言っているんだろう?と、冷静な私が心の中でストップをかけるけど、涙も言葉も止まらない。

「…でも!…っ、それでも、私は求めてしまうの。手に入らない、そうわかってるから余計欲しいの。」

彼は何も言わずに私の言葉の続きを静かに聞いてくれる。
ルビーみたいな赤い瞳はじっと私の表情を見つめている。その目と目が会うと、吸い込まれそうな気分になる。

「…そうかよ。それで夜中にこんな人気のないところで一人で月見ながら独り言って、だいぶオマエ危ねぇヤツだな。」

「独り言はたまたまです。」

「ふっ、どうだか。…似てるかもな。」

「?何がですか?」

「…いやこっちの話。」

それ以上は聞いちゃいけない。そんな空気がこの場に流れる。再び訪れる沈黙は、嫌な気分じゃない。穏やかな沈黙だなと私は思う。

「さっさと帰れよ。…狼男がでるぞ。」

「まさか。そんなのファンタジーでしょ?でも今日はもう帰る。話きいてくれてありがと。えっと…」

「…スバル」

「ありがとう、スバル!」

私いつもこの時間にここにいるから、またね!と、手をふる。

「そんなコト聞いてねぇ。…じゃあな。」

めんどくさそうな答えを聞いて、振り返ることなく私は足を進めた。


きっと2度と彼に会うことはないだろう。

そう思いながら。




その時の私はこれから数日後彼に会うことも、彼と秘密を共有することも、私の人生が変わることも全く気がついていたなかったのだ。







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