「久しぶりだね、さやかちゃん」 僕たちの逢瀬を見守るのは、静かに瞬く星々と柔らかく照らす月だけ。 キミと初めてあったのはいつだっけ?凄く昔のような気もするし、最近だった気もする。さやかちゃんを見た瞬間、ボクのものにしたいそんな欲求が産まれたんだ。 それと同時に恐怖を覚えた。…どうやって、キミに僕の気持ちを伝えたらいいのか分からないから。『愛してる』『キミの全てをボクにちょうだい』なんて使い古された陳腐な言葉に込められるほど簡単な思いじゃない、もっと汚くて崇高で純粋なキモチ。そんなモノがボクの中に居場所を作ったんだ。 「キミは傲慢で利己的で寂しがりやさんな不思議な女の子。」 ある日は女王様みたいにボクを振り回して、またある日はベッドの上で膝を抱えて1人静かに涙をこぼす。少女と悪女が同居しているそんな子だった。 薄紅色の薄い唇が紡ぎだす声が好きだった。彼女が生み出す言葉が好きだった。 「ねぇライトくん。」 私は一体どうなるの?その日の彼女は今までに見たことがないような怯えた瞳で僕を見ていた。 「…覚醒するかもしれないし、しないかもしれない。それは僕にもわからない。」 もし無理だったら僕の使い魔にしてあげるよ、覚醒すればそのまま僕の花嫁に自動的になるかな?そんな曖昧な答えを彼女に返す。 「…覚醒しなかったら殺して。」 「えっ?」 「無に還して。跡形もなく消して。私がいたことも、全部。」 思ってもいない答えが僕の耳に聞こえた。彼女は僕と共にいてくれると思っていた。未来永劫姿を変えても彼女はボクのモノ、それは彼女の望みでもあると思っていた。 「…どうして?」 「簡単なことだよ、ライト。私以外の誰かの血を啜ったり抱いたりするのなんて見たくない。きっと次にこの館に来た女の子を呪い殺しちゃいそうだもの。」 「それが、さやかちゃんの願いなの?」 ボクの問いかけに彼女は小さく頷く。その体は小さく震えていた。 …もしかしたらあの時既に彼女は、自分が覚醒できないことをなんとなく悟っていたのかもしれない。今となってはそんなことを考える余裕もできたんだよ。 【その日】は思ったよりも早くやってきた。苦しみながら、宙を切るように伸ばされる彼女の腕をボクは優しくつかみ抱き起こす。 「ライ…ト、やく、そ、く」 「うん、わかってる。…本当にいいの?」 「う…っ、ん」 その声を合図にボクは彼女の身体を抱きしめその肩に、思い切り牙を立てる。もう2度と味わえない彼女の味…それを噛み締めるように、そして少しでも楽に彼女が無になれるように一心不乱にその血を啜った。 「さやかちゃん、ボクは思ってた以上にキミが好きだったみたいなんだ。」 「今でも時々思うんだ。キミの願いなんか聞かなきゃよかったって。」 「…人間は脆いね。」 ぱさりと音を立てて、彼女の墓標に花束を置く。キミがキレイだって笑ってたうちの城に咲いてた薔薇、同じやつをさっき花屋で買ってきたんだ。 「でも、ちゃんとボクは約束を守ったよ。…キミを無に返した。」 この冷たい石の下に彼女はいない。からっぽの空間が広がってるだけ。 サヨナラの真実あの後ボクは、キミの瞳から零れてた涙を綺麗に舐めて。手触りが好きだった、髪を一房切らせてもらって、その後カナトくんにお願いして燃やしてもらった。 灰になったキミは今でもボクの部屋の片隅に、砂時計に形を変えて。 毎日ボクはそれをひっくり返して、キミが時間を刻む間さやかちゃんのコトを思い出してるんだ。 「また来るね。明日、新しい花嫁が来るだって。…でも大丈夫、ボクのそばにはずっとキミがいるから。」 風にのって花びらが舞う。闇に溶ける薄紅色の花弁が、キミの唇みたいにボクの目には映ったんだ。 (『ありがとう、ライト』そんな声が聞こえた気がして) |