「って言うのは、冗談。引き止めてごめんね。」 痛いくらいに掴まれてた手がふっと離されて体はぐらりと傾きそのまま地面に尻餅をつく。 …痛い。でもここで噛み付いたってヘラヘラとかわされるだけ。だったら、さっさとここから立ち去ろう。 「またねー奈緒ちゃん。」 聞こえた声に返事をせず、スカートに付いた埃を軽く払い、私は保健室を後にした。 ****************************** そんな日から数日。変わったことはヒソヒソ話の中に、あの逆巻ライトとも寝たらしいという項目が追加されたくらいだ。 まぁ事実だし。べつにどーでもいい。そのうちどうせ逆巻ライトは別の女の子に手を出すだろうし、そうすればターゲットがその子に変わるんだろう。 そんなに逆巻兄弟が好きなら、血を吸って下さいってお願いしてみればいいのにとは思うけどファンタジー過ぎて誰も信じてくれないだろう。 むしろ私が頭のおかしい子扱いをされて終わる。 「あっ…!」 女子の短い悲鳴のような歓声が聞こえ、ちらりと教室のドアの方を見るとそこにいたのは、逆巻ライトだった。 今度はどの女の子にすることにしたんだろ?確か窓際の前に座ってる女の子は可愛かった気がするな…なんて考えてたら、私の前に誰かが立つ気配。 「奈緒ちゃん、久しぶり。…ちょっといい?」 「よくない…私眠いから邪魔しないで。」 「そんなつれないこと言わないで、ほら立って。…つべこべ言わずについて来い。」 見てる方には、逆巻ライトに腕を引かれ渋々私が立ち上がる様に見えるのかもしれないけど、実際は人ならざる怪力で無理矢理引っ張りあげられたが正解だ。 「痛い。立つから力抜いて。」 ジロリと睨みつけると、それはそれは楽しそうに笑いながらゆっくりと力を抜く。 「ちょっと榊原さん借りるね。」 隣の席の女の子に優しくそう告げ、その子がいいよーなんて答えるのを見て、彼は再び私の腕をとる。 それに私はつられるようにその場を後にした。 「ねぇ、誰にも言ってないよね?」 「何の話?」 「僕の秘密、いや僕達一家の秘密かな?」 「言わないわよ。言ったところで私がただの頭のおかしい子で終わるだけじゃない。」 「…ビッチのくせに賢いんだね。ちょっと僕感心しちゃった。」 「話はそれだけ?だったらもういいでしょ?」 「それだけって言いたいんだけどーちょっとね。今日は僕の兄弟を紹介しようかと思ってさ。」 「逆巻兄弟の顔と名前くらいは流石の私も知ってるわよ。だからそういうのいらない。」 なんでただ一回ヤっただけで、兄弟に紹介されなきゃいけないのか意味がわからないし、だいたいコイツの兄弟ってことはみなさんヴァンパイアだ。 絶対に危ない…と第六感が警鐘を鳴らす。 「本当にいいから。…それじゃ「ねぇ逃げられると思ってる?おとなしくしたほうが身のためだと僕は思うよー。奈緒ちゃん、前にも言ったけど僕は君の意見なんて聞く気はないから。あっ、楽しいのとかいやらしいのは全然取り入れるけどねっ。」 そういうコトはお互い気持ちいいほうがいいじゃない?と、ヤツは笑う。 …話が通じない。というよりも、私の言い分なんて本気で聞く気は0なんだろう。 「…紹介してどうするの?別に私とどうこうなったって、自慢する意味ないし。」 「自慢?…あははっ!奈緒ちゃんの発想には驚かされるよ!とりあえず、僕に付いてくれば全部わかるよ。」 それじゃ、放課後授業が終わり次第また教室に迎えに行くね。それから、間違っても逃げようなんて思わないほうがいいよ。 これは忠告だから。 エメラルドグリーンの瞳に鋭い光が宿る。…あの目は本気だ。 自慢じゃないけど、そこそこの修羅場っぽいものは何度か味わったことがある身だから、なんとなく本能でわかってしまった。 それじゃ、また後で。 ヒラヒラと手を振りながら、軽い足取りでその場を後にする逆巻ライトの姿を私は立ち尽くしたまま見送った。 「逃げたい…でも、コレ逃げたら絶対やばい。」 どうしよう!人生で最大の修羅場は今かもしれない…頭を抱えその場に座り込むことしか私はできなかった。 |