佐々部の言葉に賛同した脱落決定高校生が中学生と試合をするためコートで対面する。
結果など見なくても想像はつくだろう。次々と高校生が倒されていく様子を見るのはなかなかに無様だった。
徳川たちは最初こそ試合を見ていたものの、一方的な試合展開に見る価値がないと判断したのか、目を外して口を開く。
「最近の中学生ってすごいんですね。高校生が見下されてもおかしくないです」
「それに少々自意識過剰だけどね」
入江はそう言ってからクスクス笑う。
恐らく佐々部のそこのメガネどうだ、の言葉に返った中学生の反応の事だろう。
あの中学生の自分だという主張には笑ってしまった。負ける自信がない目。真っ直ぐなその目は、彩夏の好きな努力している目だった。
中学生があんな目をしていたことに多少驚いたが、彩夏はにこやかにそれを眺めるだけ。ああ、これで退屈はしなさそうだ。彩夏の口元には薄く笑みが浮かんでいた。
そうして彼らが試合を眺めていると佐々部が立海の少年にガットを破られたらしく、右往左往しているのに気付き鬼が呆れたように言う。
「そろそろ暴走を止めた方が良さそうだな」
「そうだね。行こうか、彩夏ちゃんも一緒に」
「はい」
頷きが返ったのと同時に彼らはコートへと向かって歩き出した。
異様な威圧感に試合に参加していない中学生が威圧的な空気にすっとのく。
しかし、徳川らに守られるようにして歩く彩夏の姿を見てざわめきがあちこちであがった。
当然のことといえば当然のことだ。見た限りここにいる高校生は全員男。女は彩夏だけだ。ざわめくのは当然といえよう。
当の本人は気にせず堂々と歩いているが。何度もあったざわめきに既に慣れてしまっているからだろう。
彼らがコートの前まで来たとき、入江が声を上げた。
「相手の力量も測れず戦うとは浅はかですね」
「見苦しいぜ！！ もうボールを取れなかった奴は帰んな！ これ以上醜態曝すなよ！！」
「ア、アニキ……」
「佐々部先輩知ってます？ 弱い犬ほどよく吠える、って」
皮肉たっぷりで彩夏が言い終わらない内に、佐々部を始めとする脱落決定高校生が蜘蛛の子を散らすように走っていく。
力のないのに威張り散らすからこんなことになるんだよ。自惚れているといつか落とされるということを、今更知ったのか。
彩夏は彼らを哀れみ、そしてすがすがしそうに笑った。
あっけにとられていた中学生だったが、我に返ったのか一人の声が上がる。
「彩夏っ、なんでここにおるんや…!?」
「久しぶり、蔵。一年ぶりだっけ、背高くなったねー」
白石の問いかけの答えにもならないような言葉を発し、彩夏はただ笑みを浮かべただけだった。
追求しようと口を開いた白石には構わず、彩夏は話し出す。彼女が話し始めるのなら、白石は黙るしかない。白石は不服そうにではあるが口を閉ざした。
「本来、ここでは勝手な試合は禁止なんだよ。でもまあ、あの辺の偏見だらけな先輩たち引きずりおとしてくれたから、私としては大助かりなんだけどね」
「彩夏ちゃん、それは言っちゃいけないことだよ」
「奏多さんすみませんでしたー。とりあえずこの合宿について説明させてもらうね。ここでは1〜16のコートにわかれるんだよ、あ、数字が小さいほど強いよ」
「上に上がるには、毎日練習前にコーチから何組かの『入れ替え戦』が発表されるそれしかない」
「対戦相手を引きずり落とすのが、この合宿だよ」
入江と彩夏の説明に、中学生が唖然とする。
冗談など言わなさそうな、儚げな雰囲気をまとう彼女があんなことを言ったのだから。
入江へのおどけた反応から、あれが素なのだとうかがえるが、どうもしっくりこない。
それに立海からすれば、仁王に引けをとらない…否、仁王以上のイリュージョンを目の前で見たのだ。
あのおどけた反応すらイリュージョンなのではないかと疑ってしまう。
本人はイリュージョンを使用していないし、演技をしているわけでもないのだが。
何も返答らしい返答をしない彼らに構わず、二人は話を進めていく。
「僕は入江奏多。3番コートだよ。それから、右にいるのが鬼十次郎で5番コート」
「そして、私の左隣にいるのが徳川カズヤさん。1番コートに所属してるの」
「ほんなら、彩夏は何番コートやねん！」
中学生に背を向け、歩き出していた四人のうち彩夏だけ灰色の髪をなびかせながら振り向いた。
その顔には楽しそうでありながら、どこか妖婉な笑みが浮かんでいる。
「私はね、前代未聞の0番コート。先に言っておくけど、君たちじゃ私には絶対に勝てない。帰りたくないなら覚えておいてね」
それだけ言い残して彩夏は入江達と共に消えていった。
彼女の言葉に白石以外の中学生はざわざわと騒ぎ出すが、白石はただ真剣な目で彩夏が振り向いた場所をみつめるのだった。