QLOOKアクセス解析days of betrayal | ナノ

scene:秀徳
高尾がいない。ただそれだけのはずなのに、なぜこうも落ち着かないのだろう。
緑間はメガネを押し上げながら、内心そう思った。
高校に入ってから、隣には高尾がいた。どれだけ冷たく、無愛想に突き放しても、高尾は緑間から離れることはなかった。
だからバスケでも信用していたのに。なぜだか高尾に裏切られたような気がして、胸に穴が空いたような虚無感に襲われる。
もしかして、高尾がゲームマスターなのか? 右手に水風船の入った紙袋を手に、緑間は思考する。
あってもおかしくはない。高尾は思考をしてないようで、深い思考を巡らせる人間だ。
そして、持ち前のコミュニケーション力と、人の細かな変化を見逃さない目は、ゲームで彼を守る砦となる。
それに加え、彼のホークアイ。ホークアイがあれば、敵の接近などすぐに察知できる。こう見てしまえば、高尾は最初の能力から怪しく見えてしまう。
ああ、俺らしくない。ラッキーアイテムを持つ左手に力が入る。
ちなみに今日の蟹座のラッキーアイテムは、ビニール製のアヒルのおもちゃ。緑間の手に力が入ったため、弱々しく、そして持続的に安っぽいアヒルの鳴き声が響いた。

「…緑間、お前それやめろ」
「何をですか」
「アヒル鳴かせることに決まってんだろ! 気が抜けるんだよ!」
「すいません。意図的にやったわけではないので、次から気を付けます」
「……」

無言の圧力が怖い。逆らったらどうなるだろう。想像するのが怖くなり、緑間は思考をやめた。
とにかく無意識に左手に力を入れてしまうのをやめなければ。またアヒルを鳴かせたら最後だ。
緑間はもう鳴かないでくれよという意思を込めて、左手の中にちょーんと座り込んでいるアヒルを見つめた。
鳴かせるのは緑間であり、アヒルが自分の意思で鳴いているのではないのだが。
まあ190越えの男が真剣にアヒルのおもちゃを見つめる図が、あまりにもシュールで面白いので、あまりどうこう言わないでおこう。
今ここに高尾がいたなら、おそらく涙を流しながら笑いこけたことだろう。だがその高尾はいないわけで。
呆れかえったような顔の宮地や大坪の中で、緑間はらしくもなくため息をついた。

「…アイツは、馬鹿なのだよ」

そのつぶやきの後に、緑間の手の中でアヒルが短く鳴いた。今のは意図的なものである。
まるで同意するように鳴かされたアヒルに、宮地の堪忍袋の緒が切れた。
無言で緑間に近付いたかと思えば、胸ぐらを掴みあげて言う。もちろん顔には笑顔が貼り付いている。

「緑間、いつ俺がアヒルと会話しろと言った?」
「鳴かせるなと言ったので会話してみました」
「…ハハ、バカにしてんのか?」
「まさか。そんなつもりは毛頭ありません」
「なら会話もやめろ!」
「ブフォっ! やめて、もう腹筋痛い! これ以上腹筋割れさせないで!」

突然背後から聞こえた笑い声に、秀徳全員が振り返る。
そこには予想通り、腹を抱えながら笑いこける高尾の姿。
その姿を見た瞬間、緑間をはじめとした秀徳全員の目が見開かれることとなった。
もちろん、突然の登場に驚いたのもある。だがそれを大きく上回る要因があった。
その要因とは、高尾の顔に貼り付けられた大きなガーゼや、ジャージの裾からちらちらと見え隠れする包帯。
最後に見たときはこんなものなかったはずだ。それなのにどうして。
大坪が高尾に問う前に、緑間が高尾に近付いて彼の頬を――はたいた。

「いってえっ! いきなりなにすんの真ちゃん!」
「お前は馬鹿か! 勝手にいなくなるなど、誰が許した!?」
「え、何、真ちゃん心配してくれてたの?」
「ばっ、馬鹿を言うな! お前が早々に死亡判定がつけば、秀徳が不利になるだろう!?」
「あ、なーるー…。ちょっと期待した俺がバカだった」
「…それで、その傷はなんなのだよ。人事を尽くさないでいた結果か?」
「あー、説明すると長くなるんだけどさー…」

高尾が説明したことをまとめると、以下のようになる。
ミッション前に緑間から離れた彼は、とりあえず他校の生徒を観察しようとした。
ゲームが始まって時間も大して過ぎていないため、情報など無いに等しい。どんな小さな情報でもいいから、とにかく情報が欲しかったのだ。
見つからないように、だが観察できるような所で。高尾は昼のゲームが終わるまでの数時間を過ごしたらしい。
放送で昼のゲームの終了を聞き、食事に行こうとした時、後ろから誰かに押され、階段を転げ落ちた。
ゲームが一旦休憩に差し掛かったことに油断をしていたようで、ホークアイをもっているにも関わらず、そんな間抜けな失態を犯してしまった。
その時にできた傷が、今手当をしてある傷らしい。

「…。下手をすれば死んでいたぞ、高尾」
「咄嗟に受身が取れてよかったわー。さっすが俺!」
「馬鹿か! こんな時にヘラヘラ笑うな! それで、お前を押した人物は誰なのだよ」
「見てねえよ」
「何? 見てない、だと?」
「名前呼ばれて振り返ろうとした時にはもう落ちてたし? 咄嗟のこと過ぎて、ホークアイでも捉えきれなかったし」
「…。特徴は覚えていやないのか?」
「あー、覚えてねえわ。でも身長なら大体なら分かるよ。165〜175の間の奴」
「…そうか」

緑間はそう言ってから黙りこんでしまった。
不安そうに緑間を見上げる高尾など眼中にないようで、彼はぐるぐると思考を巡らせる。
身長から心当たりは数人ならある。だが本当にやりかねるのかという人物ばかり。
だがそんなことを思うだけ、今は無駄かもしれない。誰が何をやらかしてもおかしくないこのゲームで、“絶対”などというものは存在しない。
誰からカマをかけようか。緑間が考えようとしたとき、ふと疑問が浮かんだ。

「高尾」
「ん? 何真ちゃん」
「手当ては誰にしてもらった。お前一人ではできないだろう」
「あー、これ? これ都城ちゃん!」
「都城…?」
「あ、ごめんごめん、都城ちゃんは放送係の子! 必死で歩いて手当てしてもらった。なんか都城ちゃん曰く、放送係兼救護係らしいし」
「…なるほど、都城、か」

また黙りこんでしまった緑間に、高尾がなにがなるほどなんだよー、と問うが答えは返ってこない。
一瞬にして賑やかになった彼らを、宮地が少し離れたところから睨んでいたなど、彼らは全く知らない。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -