QLOOKアクセス解析days of betrayal | ナノ

scene:洛山
そういえばと、実渕は食事をする手を止めて考える。
さっき女の子が殴られたとき、メガネが飛ばなかったかしら、と。記憶が間違ってなければ、彼女はメガネを拾っていないのではなかろうか。
すさまじい怒りが収まったとき、彼女は怯えていた。実渕と目を合わせられないほど、彼女はさとられまいとしていたが怯えていた。
怯えた状態で、メガネのことなど気にしていられるだろうか。おそらくそれは否で。
足早に体育館を立ち去ろうとしていた彼女が、メガネを拾えるはずがない。
まだメガネはあの場にあるかしら。実渕の意識はそれだけに向いていた。

「…そんなにさっきのが気になるのか」
「征ちゃんは気にならないの? 女の子が殴られたのよ?」
「興味のないな。手を出した彼は明らかに悪いけど、彼女の言い方も問題だった。言ってることは正しいんだけどね」
「言い方に難があったっていうのは認めるけど…。でも顔よ? 男ならいくらでも殴られればいいけど、女の子はそういかないわ。折角綺麗な肌してる子なのに、腫らしちゃもったいないじゃない。それにあの子、怯えてたわ」
「…怯えてた、ね。僕にはあれが演技にしか見えないんだけど」

箸を置いて、ナプキンで口元を拭いた赤司がふと顔を上げた。
何の感情も孕まない、無機質であり威圧感のあるオッドアイが、実渕を見つめている。まるで心の中を覗き込むかのように。
居心地の悪い視線に、実渕の視線が反れる。このまま目を合わせていたら、何から何まで全部赤司に読まれてしまいそうだったから。
実渕は考えていることが簡単に読めるような人間ではない。頭の中の深いところでじっくり考える人間だ。
それゆえ目を見ただけで、彼の心の中が読めるということはない。表に出ないところでの思考を読むことなど、ほぼ不可能である。
だが赤司は別だ。赤司の目は全てを見通してしまう。どれだけ思考の読めない人間の思考だって、手にとるように簡単に。実渕だってその例外ではない。
視線を反らして戻さない実渕に赤司は小さくため息をついて、閉じられていた唇を開いた。

「まあ、勝手にすればいいよ。ゲーム開始までは個人の時間だ」
「あら、反対されるのかと思った」
「言っただろう、ゲーム開始までは個人の時間だと」
「ふふ、そうね」

ニコリと笑った実渕は、赤司がしたようにナプキンで口元を拭いて立ち上がった。
葉山が連れていけと連呼するが、遊びじゃないのよと、その頼みを切り捨てる。実渕にとって、都城のところへ行くことは大きな意味があった。
都城が拾い忘れたメガネを拾うために、誠凛の机の側を通り過ぎる。
その時に誠凛全員の目が実渕に向いていたが、彼は全く気にする様子もなくそれらを無視した。
それもそうだ、実渕自身は何もやっていないのだから。やったのは日向であって、実渕はそれに批判の言葉をぶつけただけ。実渕が彼らに対して抱かなくてはならない感情など、何もありやしないのだから。
確かこの辺だったはず、と実渕が床に視線を落とすと、案の定黒縁のメガネが無造作に放置されていた。
拾い上げてレンズを見るが、大きな傷は入っていないようだ。これなら視界に影響はないだろう。
丁寧につるをたたむと、つるに桜の模様が入っていることに気が付いた。
彫りこまれたような桜の模様の所だけ、薄いピンクの塗装がしてある。さっき都城がかけていたときは気付かなかったが、なかなか可愛らしいメガネだ。
床に落ちた衝撃で曲がったりはしていないし、このまま返しても問題ないだろう。
そう判断して、実渕は体育館を後にした。

「返しにいくって決めたはいいけど…、彼女の場所がわからないわ…」
「…放送室」
「え?」
「それ、都城のメガネだろ。アイツは放送室にいる」

突然背後から聞こえた声に、実渕は振り返った。
暗闇で見づらいそこには、霧崎のジャージを着た少年が立っている。都城という名前を知っているあたり、瀬戸とみて間違いなさそうだ。
場所を言われても、実渕はそれが事実なのか分からないため、どうすることもできずそこで立ち尽くすだけ。
瀬戸は実渕の思考を読み取ったのか、俺呼び出しされたし、と一言付け加えた。
呼び出しされたというのを聞いて、実渕は瀬戸の言葉を信用することに決めた。
呼び出しされた人間は四人。放送室に都城がいるというのは誰でも予想できることかもしれないが、彼女の名前を知っているのは四人だけ。
冷静に考えれば、瀬戸の最初の言葉で彼が正しいことは証明されているのだが、都城を案ずる実渕はそこまで頭が回らなかったらしい。

「ありがとう、助かったわ」
「一つ言っておく」
「あら、何かしら?」
「都城を傷付けるなよ。アイツを傷付けたら、誰だろうと容赦しない」

顔にかかった影のせいで、瀬戸の表情は読めない。だが声色は真剣そのもので、実渕は少し気圧されたがそれを表に出すことはなかった。
――ご忠告、ありがとう。でもそんなことしないわよ。
それだけ返して、実渕は瀬戸に背を向け歩きだした。瀬戸は彼を止めるようなことはしなかった。
体育館と本館を繋ぐ段差を越え、本館二階を奥へ奥へと進む実渕。
放送室と体育館は同じ階にあるため、到着に時間はかからないだろう。
塗料が朽ちて、放送室と読みづらくなったプレートのかかるドアをノックして、実渕はドアを押し開いた。
放送室の中には、メガネがないため訪問者が誰かわからず、必死に目を細める都城がいた。彼女の周りには皿が積まれていた。

「…誰ー? メガネなくて見えないのー」
「声でわからないかしら、アタシよ」
「あ、さっきのー」
「これ、忘れ物よ都城ちゃん」

未だに目を細める彼女に、拾ったメガネのつるを広げ、そっと優しくメガネをかけてやった。
クリアな視界に都城は目を見開いたが、メガネが戻ってきたのだと理解すると、メガネのつるに指を這わせた。

「大丈夫、桜の模様に問題はないわよ」
「良かったー…。ありがとうー、えーっと…」
「実渕玲央よ」
「ありがとうー、実渕くん」

ニコリと笑った都城に、実渕はどういたしましてとだけ返して放送室を後にしようとする。
それを都城が引き止めた。タオルをたたんでから差し出し、再びありがとうと言ったのだ。
一瞬あっけに取られた実渕だったが、タオルを受け取りまたどういたしましてと返す。

「――には、気を付けてね」

実渕が放送室を後にするとき、後ろで都城の声がした。だが、大切なところは聞こえず、実渕が聞き返そうと思ったときには既に扉は閉まった後。
何に気を付けろというのだろう。実渕はただぼんやりと放送室の前に突ったっているだけだった。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -