QLOOKアクセス解析days of betrayal | ナノ

scene:海常
笠松が初期の鬼ではなくなったと聞いて、黄瀬は安心したようにホッと息をついた。
笠松に言われたことは正直、あまり気分のいいものではない。
ハッキリと言ってしまえば不快だった。もっと端的に言えばムカついた。彼に言い返したいことは山ほどあるし、謝ってほしいとも思う。
だが笠松がゲームを下ろされて喜ぶほど、黄瀬は腐った人間ではない。
どんなことを言われようが、笠松は黄瀬の先輩で、ちょっとやそっとのことで嫌いになるわけがないのだ。

「一安心すけど、フロア閉鎖はキツいっスね…」

黄瀬はそうつぶやいてから、悩ましげに眉を寄せた。
流石はモデル、ちょっとした表情でさえ様になっている。もしここに彼のファンがいたならば、軽く公害レベルの黄色い声を発していただろう。
まあそんな表情も、海常バスケ部は日常的に見ることになるので、むしろ白い目で見られるが。
後ろの先輩二人に話しかけてみるも、反応が得られず独り言を連発する黄瀬。
先程の独り言もそうで、反応してもらえればいいな、程度の考えで発したもの。早川ら二人はその期待に答える様子は全くないが。
とりあえず、初期の鬼がいなくなった今、派手な行動はできなくなった。
先程のように声を荒らげたり、足音をたてて走ることは命取りになる。
ゲームだとは分かっているが、死亡判定はつけられたくない。
死亡判定がついた方が何も考えずに過ごせて、ある意味楽かもしれない。
だがそれを選ぶ者はいないだろう。死亡判定はその名の通り、ゲーム内での死を表す。
もしこれがリアルの世界で行われたとしたら、死亡判定はそのまま死を意味する。ゲームでの死ではない。本当の意味での死となるのだ。
それを思うと、たかがゲームだと分かっていても、そう簡単に死ぬわけにはいかなくなる。

「…足音…?」

階段をつたっておりてくる微かな音に、黄瀬はごくりとつばを飲んだ。
彼がいるのは本館一階、特別教室前。おりてくる足音の主が鬼だったとしたら、逃げられるのは特別教室の中しかない。
幸いなことに特別教室からはグラウンドへ抜けられる。鬼がよほどの俊足でない限り、黄瀬がふり切れる可能性は十分ある。
勝率を見込んで水鉄砲に手をかけた。戦う気満々な黄瀬とは裏腹に、早川らはそそくさと逃げ出している。
これで本当に分裂してしまった。まだ日が落ちていないというのに暗い廊下で、黄瀬は先輩二人へ何もしようとしなかった。
引き止めもせず、罵りもせず。ただ無言で背を向け、二人の行動に任せた。
来る者拒ます去る者追わず。黄瀬の主軸が、彼らを引き止めようとはしなかった。
今更引き止めたところで、あの二人は役に立たないことは目に見えている。いくら黄瀬が体を張っても、協力も何もしようとしないだろう。
さっき笠松が言ったことは、恐らく他の部員も思っていることだろう。
そうでなければこうも簡単に置いていかれるはずがない。
黄瀬としては想定できていたことだったが、やはり実際やられると精神的にくる。
生死がかかれば、普段の温厚さなどあってないものなのだから。
誰しも一番自分がかわいい。他人にかまっている暇があれば、自分の身を守ることに動く。実に単純な生き物だ。
黄瀬は先輩を盾に、なにもせずゲームをクリアするつもりだった。キセキの世代の黄瀬だ、特別扱いはされないものの守ってもらえるだろうという甘い考えがあったのだ。
実際はその逆だったわけだが、黄瀬の心は折れない。逆に都合が良かったとすら思うのだ。
学校ごとで動けばそれだけ目立ちやすい。目立ちやすいということは、鬼に見つかりやすいとニアイコールだ。
先輩とばらけた今、鬼に見つかるリスクは最小限にまで減らせた。これは黄瀬にとって好都合以外のなんでもない。

「海常の黄瀬くんか」
「えーと…、霧崎の…」
「花宮真。二年で主将だよ」
「花宮先輩ッスね…俺に猫頭はいらねっすよ」
「…ふはっ、おもしれえ」

一瞬豆鉄砲を食らったような顔をした花宮だったが、すぐに“表の顔”を剥がした。
誰にも見破られたことのない“表の顔”がすぐ見破られたことに驚いたものの、それ以上に黄瀬を面白いと思う花宮の顔には、人の悪そうな笑みが浮かんでいる。
キセキの世代など、どうせバスケだけが取り柄の集団だと勝手に思い込んでいただけ、黄瀬の言葉はひどく興味をもった。
そんな花宮の内心を知らない黄瀬は、なんの表情も浮かべず目の前の花宮を見ていた。
彼が花宮の猫頭を見破れたのは、単なる勘などではない。ただ自分と似ていたからだった。
人畜無害な笑顔を浮かべていれば、誰も自分を敵視しない。誰も自分を嫌わない。周りを意のままに動かせる。
簡単な話、自分を偽っている者にしか分からない何かを感じたから。
同族嫌悪もでも言えばいいのだろうか。とにかく通ずるものがあったため、見破れたというわけだ。そうでなければ初対面の人間が猫頭だとわかるはずがない。

「で、何の用っスか」
「最初お前に用はなかったんだが気が変わった。俺と手を組まねえか」
「は? いきなりなんスか? そう簡単に頷けるわけないっスよ」
「まあそりゃそうだ。こういう事を考えてるんだが乗らねえか?」

花宮が黄瀬の耳元でなにやら囁く。その囁きに、黄瀬の表情に変化が現れた。
思いっきりしかめられていた顔が驚愕に変わり、そして笑みへと変わる。その反応から見るに、黄瀬においしい話だったようだ。
彼の耳元から顔を離してニヤリと笑った花宮に、黄瀬が表情そのままで口を開く。

「いいっスよ、その話乗ったっス」
「話が分かるやつで良かったぜ。この三日間、頼むぞ」
「こちらこそ」

嫌な笑みを浮かべた二人は、がっしりとその手を握りあった。
海常の四人が後悔するのは遠い先ではない。それを思って、黄瀬は目を細めて口角を不吉に上げたのだった。
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