QLOOKアクセス解析檸檬色のラプソディア | ナノ
私の一日は、梶井さんを起こさないようにしながら布団を脱げ出すことから始まる。
布団を頭まで被って熟睡している梶井さんは滅多なことでは起きないけれど、万が一起こしてしまったら大変だ。梶井さんは毎日夜遅くまで実験を繰り返してるから疲れてるわけだし。私とは違って、梶井さんには重要な任務が任されたりするから、梶井さんはできる限りベストな状態で任務へ行って欲しい。そのために私がいるんだから、私が努力するのは当然のこと、多分。
パンを焼いて、卵を二つフライパンへ割り入れる。黄身に火が通りすぎないうちにお皿へ移して机の上に運ぶ。コーヒーを入れ始めたら梶井さんを起こしに行かないといけない。梶井さんは朝に弱いから、起こすのにちょっと時間かかるから。

「梶井さん、起きてください。朝ですよ」
「うーん……。まだ、朝じゃ、ないよ……」
「朝です。起きてください。コーヒーはいりますよ」

私がそういえばやっと布団から顔をのぞかせる梶井さん。ゴーグルのない素顔が見られるこの瞬間が私はたまらなく好きだった。
眩しそうに少し目を細めながら私に焦点を合わせて、それから梶井さんは少し目を細めて笑う。おはよう、月花。まだ眠そうな声で呼ばれる名前は特別で、すこし嬉しくなる。
梶井さんが私を呼ぶときは大抵優しい、柔らかい声だけど、朝目覚めた時に名前を呼ぶ声はいつもの声とはちょっと違った優しさがあると思う。言葉では言い表せないんだけど明確な、それでいて些細な違い。きっと私以外で分かる人はいないだろう。私以上に梶井さんと一緒にいる人はいないだろうから。
コーヒーをカップについで椅子に座ったのと同時に梶井さんがリビングへ入ってきた。まだ眠いのかちょっと足元がおぼつかない。
昨日その辺に置いていた道具、踏まなきゃいいけど……。私の心配をよそに、寝癖を揺らしながら椅子へ腰掛けた梶井さんはコーヒーカップを持ち上げて少しすすったあと、今日の予定を話し始めた。

「今日はちょっとした任務だけだから午前中で終わると思うよ」
「そうですか。お昼どうしますか、作っておいたほうがいいですか?」
「うん、お願いしようかな。月花の作った昼ご飯食べるの久しぶりだし、任務が早く終わる日くらい一緒に食べたいし」
「分かりました、任務が終わって帰ってくる頃にご飯作っておきますね」
「ありがとう。月花は午前中どうするの?」
「私ですか? 私は掃除です」
「首領に言われたの? 掃除なら僕は安心できるから構わないけど」
「いえ、他の任務を指示されましたが、中原さんが代わりに受けてくれました。なんでも私一人じゃ不安だそうで」
「へえ、中原さんがねえ」

珍しいこともあるもんだね。目玉焼きを乗せたトーストをかじりながら梶井さんは言った。中原さんが私の任務まで受けたのがよっぽど珍しかったのか、ずっと中原さんを珍しがっている。中原さんは結構私の任務まで引き受けてくれるけど、梶井さんにはそんなに珍しいことなのか。私じゃ単に力不足だから引き受けてくれてるんだと思ってたし、梶井さんにも連絡がいっているものだとばかり思っていた。
組織内のすれ違いというか、情報伝達ミスって思ってたより身近で起こってるんだなあ。そんなどうでもいい発見をしつつ、私は少し冷めたコーヒーに牛乳を入れてくるくるとかき混ぜた。
私がぼんやりしている間に梶井さんは朝食を食べ終わっていて、時計に目をやってから洗面所へ移動してしまった。梶井さんの悪い癖はいつも「ごちそうさま」を言い忘れることだ。何回忘れてますよって注意しても忘れてしまうのだから、言うだけしょうがないかもしれない。きっと梶井さんも悪気があってやってるんじゃないだろうから。
トーストと目玉焼きをなんとか口に押し込んで朝食を終えたときには既に梶井さんは玄関で下駄を履いていた。目元が全く見えないゴーグルをつけてから私の方へ振り返り、月花と私を呼ぶ。

「行ってくるね」
「はい、お気をつけて。怪我しないでくださいね」
「わかってるよ、気をつける」

ドアをあけて、眩しい朝の光の中に梶井さんが消えてから私は洗面所で髪を結い、身支度を整えてから梶井さんと同じようにして家を出た。
朝の光は眩しすぎる。チクチクと目を刺すようでどうも好きになれなさそうだ。
それでも任務には行かなければならない。掃除だけだからきっと早く終わるだろう。終わったら早く家に帰ってお昼ご飯をふたり分作らないと。
梶井さんが美味しいよって褒めてくれるのを思い浮かべながら私はいつもより少し軽い足取りで歩き出したのだった。
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