QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ
これが最善の策だったのかどうかは分からない。ただ、自分が生き残るためには仕方がなかったのかもしれない。
それでも、私は自分を許したくなかった。空を汚した私を。空でない何かを汚した私を。
これから先、私は二度と許されることはないだろう。それはなんとなく自分で分かっていた。

膿を生む心傷

出陣前に聞いていた指示通り空母へ着陸し、飛行機から降りると真っ先に山崎から大声で叱られた。独断で敵を迎え撃つな。無線にはすぐ応答しろ。生きてるかどうか、ちゃんと自分の口で俺に伝えろ。
山崎が何気なくいった言葉は、永峯にはつらいものだった。泣きそうになるのを何とかこらえてはいと言いはしたものの、声の震えはおさえきれておらず、俯いてしまった永峯に山崎はただため息をついた。
永峯の実力を疑っているわけではない。花宮や瀬戸が認めるパイロットなのだから、実力は確かなものなのは十分理解している。しかし、戦場では実力があっても死ぬときは死ぬのだ。
永峯の頭の怪我を見て、山崎はもう叱る気にはなれなかった。泣いてはいないものの、沈みきった様子を見る限り、何か怖いことがあったのだろう。初めての空戦で怪我をすれば操縦が怖くなるのも当たり前だ。
俯いて動こうとしない永峯に手当だけしてもらえよとだけ言い残すと、山崎は空母の中へ入っていった。甲板に残された永峯は返事もせず、ただただ俯いては声を殺し泣いていた。
怪我をしたのが怖いのではない。自分が堕とした飛行機のパイロットの笑顔が怖くて怖くて仕方がないのだ。絶望の色が全く滲んでいない、あきらめたような安心したような、そんな笑みを、死に顔を見てしまっては自分のしたことがいかに恐ろしいことなのかを考えずにはいられなかった。
忘れてしまいたい。覚えているだけで辛いのだから、今すぐにでも忘れてしまいたい。それでも、忘れることは許されないのだろう。
永峯が撃たなければ、あのパイロットは死なずに済んだ。永峯が、彼の命を奪ったのだ。生きるためには仕方なかったとはいえ、永峯がしたことは殺人以外の何でもない。罪は、忘れてはいけないのから。
傷付いた機体を見上げ、永峯は悲しそうに眉を下げた。ぼーっとしていたから、この機体は撃たれてしまった。自分が怪我をするのは構わないが、機体を傷付けるのは純粋に悲しく、つらいことで。
飛行はぎりぎり出来るが、このまま放っておくのはかわいそうだろう。整備士に機体の整備を頼み、機体が整備されているのを永峯はぼんやりとみていた。自分である程度の整備はできるが、これだけ傷を作った機体の整備はしたことがない。
本当は自分で整備したかったが、下手に整備士でもない永峯が手を出してしまえばもっと状態を悪くしてしまうかもしれない。自分のせいでこの機体が飛べなくなるのは嫌だった。
それでも自分のせいで傷付いた機体は、自分で整備するべきだという考えは捨てられなかった。戦闘機であれ輸送機であれ、一定時間以上一緒に空を飛んだ飛行機には愛着がわく。例えるのなら家族、恋人、友達。
もちろん飛行機は無機物である。だが永峯にとっての飛行機はそうであった。そう思っている飛行機を他人に任せるのはいい気はしないだろう。技術を疑っているわけではないが、気分的になんとなくいやだったのだ。
頭の怪我のことも忘れ、ただぼんやりと整備の様子を眺めていると、後ろから肩を掴まれた。驚いて振り向くと、そこには長身の男性が少し怒ったような顔で立っていた。男性にしては長めの黒髪に白い肌。永峯が見惚れていると男性が口を開いた。

「んもう! 女の子なのに頭や顔に怪我をして! 傷跡が残ったらどうするの!」
「え、と……。特には気にしませんけど……」
「気にしなさい! アタシが手当てしてあげるからこっちに来て!」
「え、え、ちょっ……!」

腕を引いて歩く彼に何の抵抗もできず、永峯はただ腕を引かれるがままについていくことしかできない。コンパスの長さが違うためついていくのが精一杯だが、ふと彼の顔を見上げるとその顔は美しく、凛々しく、そして勇ましかった。
風になびく黒髪が、セーラー服の襟が。その一つ一つが彼がどういう“人間”であるのかを表しているようで、永峯はまた俯いた。
戦線ではない戦線で毎日を生きる彼と、毎日仮病を使って部屋に籠る永峯。同じ軍人でも永峯と彼は対極にいる。軍人として正しいのはどちらなのか。そんな問いへの答えは考えずとも出るだろう。
自分は軍人失格だ。こんな泣き虫は軍にいるべきではない。永峯は唇を噛み締めた。
胸にできた傷が、じくじくと痛む。ぎゅっと飛行服を握ると消毒を持った彼が、少し染みるけど我慢してね、と永峯の顔へ消毒液をかけた。
違う、外の傷が痛いんじゃないの。口に出せないその言葉は、消毒液が染みる痛みをごまかすために出た無音の音に消えた。
ああ、この胸の痛みはどうすれば消えますか。心の中で問うたそれに答えるかのように、彼はニコリと美しく笑った。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -