QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ
私のわがままがいつまでも通用しないということは分かっていた。どれだけ拒否しても、いつかは空で人を殺さなければいけないということは、飛行師団へ移籍してちゃんと理解していたはずだった。
それなのに、いざとなって戸惑い恐れてしまうのはなぜなんだろう。何か大切なものを汚してしまうような、壊してしまうような、捨ててしまうような気がするのはなぜなんだろう。

ニルヴァーナはほくそ笑む

空母から飛び立ち操縦桿を握る永峯が思ったのは、人を殺すために飛行機に乗るのはやはりいい気分ではない、ただそれだけだった。
聞く気がなくとも聞こえる、絶え間ない機関銃の音。視界の端で堕ち敵機と味方の機体。ただただここは地獄だ、そう彼女は思った。空で人を平気で殺せる敵も味方も感覚がおかしいのではないだろうか。そんな風にさえ思えた。
これまで永峯はなにかと理由をつけて爆撃に参加してこなかったが、今回は仕方なくといった感じで参加している。瀬戸に言われたからではない。ただ飛行機がかわいそうに思えたから。それだけの理由だった。
飛行機は飛ばなければだめになる。機体に問題がなくとも、空を忘れた飛行機は飛んでいても飛ばなくなるのだ。パイロットと共に飛ばなくなった飛行機はもう二度と飛ぶことはない。永峯はそれがかわいそうだから爆撃に参加しただけに過ぎないのだ。
本当は、爆撃などしたくはない。もっと言えば、飛行師団に所属するつもりもなかったのだ。人を殺さず、ただ物資を運ぶことだけをやっていこうと思っていたのに、どうして自分が戦闘機に乗っているのか。永峯の頭はぼんやりとし、理由を突き止めようにも突き止められなかった。
考えたくない、飛びたくない、撃ちたくない。でも、死にたくない。
矛盾したことが永峯の頭の中をぐるぐると巡る。吐き気がせりあがってきてどうしようもない。どうしようもない吐き気の中で、永峯は飛行機の操縦がこんなにもつまらないものだっただろうかと考えていた。
音や感触、平衡感覚も一瞬で消えてなくなってしまったような感覚。自分がどこにいて何のために何をしているのか。それさえ綺麗さっぱり頭の中から消えてしまっていた。
一種の夢の中にいるような感覚。目の前で繰り広げられる爆撃が映画か何かのように見える。自分とは関係のないフィクションを映画館で見ているかのような。
実感がないままぼんやりと爆撃を見ている永峯。そんな彼女の名前が爆音で呼ばれ、はっと我に返る。永峯。彼女の名を読んだのは山崎だった。
応答しようとしたとき、永峯を大きな衝撃が襲った。耳元でガラスが割れる音と、全身に伝わる衝撃。やけに頭が熱い。しまった、撃たれた。ワンテンポ遅れて永峯はそのことに気付いた。
操縦桿から手を離してしまったためにどんどん高度を落としていく飛行機を無理矢理上昇させ、彼女は周りを見渡した。まだこの飛行機を堕とすわけにはいかない。自分が乗っている間は誰にも堕とさせない。永峯の目にはそれだけがあった。
たらりと額を伝う液体に永峯は柄にもなく舌打ちをした。頭をやられた以上早くこの状況をどうにかしなくてはならない。止血ができない今、このまま長時間戦い続けるのは永峯にとっては不利以外の何でもなかった。
雲を突き破ってやろう。そう思い永峯は急に上昇した。それなのに敵機はぴったりとくっついて上昇してきている。永峯を撃ったのはこの飛行機で間違いないだろう。
所々血が飛んで視界がはっきりしないゴーグルで敵機のパイロットがどんな人物なのか窺うと、相手は金髪の美少年だった。飛行帽や酸素マスクに隠されていても整った顔立ちをしているだろうことは分かった。その彼の綺麗にすっと伸びた目が永峯をきっと睨んでいる。
殺らなければ、殺られる。ぞくりと湧き上がった恐怖と、確証はないが脳裏をよぎった予感。このパイロットからは逃げられない。本能がそう永峯に告げた。背を向けて逃げの姿勢に入った瞬間、きっとそこでやられる。根拠も何もないが、それだけは確かに言える。永峯は早くなった鼓動を落ち着けるかのようにごくりと唾を飲みこんだ。
油断をすれば、そこで終わりだ。今までにない恐怖と緊迫感。変な汗が永峯の背を流れた。
本当は空で人を殺したくなどない。空で誰にも死んでほしくはない。それでも、今やらなければ死ぬのは自分だ。永峯は深呼吸して操縦桿を握った。
大丈夫だ、自分ならやれる。そう何度も言い聞かせながら永峯は操縦を続けた。雲を突き破ってから機体を持ち直し敵機を見て気付く。やけに永峯の機体の近くを飛んでいると思ったら、敵機は彼女の操縦を鏡にうつしたような操縦をしていたのだ。
なんて厄介なパイロットなんだろう。永峯の額にしわが寄った。今まで彼女の操縦を見ていたのだろう。相手の操縦に狂いはない。彼のパイロットとしての腕は相当だ。
まさかこんなパイロットが敵国にいたとは夢にも思わなかった永峯は少したじろいでいた。自分に一機で挑んでくるパイロットがいるとは思わなかったし、そのパイロットがこんなにパイロットとして有能だとは思いもしなかったのだ。
永峯はもう一度深呼吸して相手の動向を探るために敵機へ視線を移した。相手も永峯の方を見てたらしく、ばちりと二人の視線が交差する。

――負けないっスよ。

そんな声が聞こえたような気がして、永峯の口角が上がりふふっという小さな笑みがこぼれた。彼女も負ける気はこれっぽっちもない。
負けてたまるか。そんな思いを込め、永峯はぐいっと操縦桿を左へ倒した。
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